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このブログを訪れた顕正会員へ初めに伝えたいこと‥

顕正会員さんがこのブログを訪問されたという事は、現在顕正会に対して何かしらの疑問が生じていることかと思います。
組織の上長に対してでしょうか。会長先生に対してでしょうか。それとも顕正会の御本尊に対してでしょうか?

当ブログの記事の中に釈然とするような答えが見つかるかどうかはわかりませんが、少しでも貴方のお役に立てれば幸いです。

まず初めに、当ブログは単に顕正会を誹謗・中傷するために立ち上げたものではないという事をお伝えしておきます。

顕正会に対して、単に恨みやつらみの根性だけで書いているということではありません。
ブログの趣旨は「事実」をお伝えすること。また顕正会から日蓮正宗に移って素直に感じた事を綴っているだけです。

根も葉もない、事実無根の情報を垂れ流すつもりはございません。
できる限り根拠を求め、信憑性を重視した記事の投稿を常に心掛けております。

記事の内容に間違いや、異論、反論、お気づきの点等がありましたら、コメントやメッセージにてお知らせ頂けると、運営上非常に助かります。

コメント入力の際には「非公開」を選択して頂ければ、こちらとしても連絡先個人情報を特定することは不可能ですから、プライバシーの問題に関しては気になさらずとも結構です。

では、本題に入っていきたいと思いますが、まず貴方は、

『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ』

という格言はご存知でしょうか?

顕正会は元来、日蓮正宗の一講中でした。発足は精々50余年前でしょう。
しかし日蓮大聖人の仏法というのは、顕正会が発足する以前から存在しています。
顕正会の歴史(試練と忍従や御遺命守護の戦い)というのは、取りも直さず浅井先生の経験談に他なりません。
それは日蓮正宗の歴史の大局から見れば近年のほんの一部分に過ぎません。
700年以上前の御在世以来、連綿と続く正系門家の長い歴史の中のほんの一部分に過ぎないのです。

何に関しても、そのことについて深く思索しようとするならば、必ず「歴史」という材料が必要不可欠となるのではないでしょうか?
正系門下伝統の化儀や、顕正会では知り得ない沢山の御書、それらの述作の背景、等々。
真の求道心あらば、知りたいと思うのは当然です。
逆に、もしそれらを敬遠し、「浅井先生の経験」からでしか仏法を見いだせないのであれば、
そのような人を指して「愚者」というのではないのでしょうか?

前置きが長くなりましたが、これよりは自己紹介も兼ねて私の顕正会時代の活動から日蓮正宗法華講に移るまでの経緯をざっくりとお話させて頂きます。

私は平成18年4月に現在の東京会館において女子部の方の縁で顕正会に入信しました。
当時は半ば騙された様な形での入信でしたが、その後は上長より折伏理論書を通し、仏法の道理や日蓮大聖人在世のお振舞について諄々と語ってもらう中に、自然とこの仏法に興味を深めていきました。

自身の思いのまま、活動に身を投じていくと、間もなくして男子部へ移籍となり、その後一年余で班長辞令が下りました。

それより脱会までの六年間、幹部会員として自分なりに精いっぱい御奉公を貫きました。

折伏や班員指導となれば、北は岩手まで飛び、南は千葉の南房総まで、幾度も足を運び、身を挺してきました。

約七年間の活動を通して七十名近くの友人・知人・親戚等を顕正会へ入信させ、登壇発表の場も五回程頂きました。

数々の上長さん達にも人道的に大変お世話になりました。私は辞めるまでに五回の隊の移動がありましたので、その分沢山の顕正会員とのご縁がありました。

同志の皆様と過ごした日々は今生人界の良き思い出です。

では次に、法華講へ移った経緯について、当時の心中を交えながらお話したいと思います。

顕正会活動の最中、「功徳」を思われる不思議な出来事を体験することもしばしばありましたが、実際には一進一退を繰り返すばかりで、「功徳で良くなっている」と人に堂々と話せる状況に至ることはありませんでした。

しかしそういった懐疑的な要素は全て「煩悩障」として自己正当化を図り、活動のモチベーションを維持していたと思います。
奥底にある疑念を押し殺し、真剣に御本尊様に祈る強き信心と御奉公に体をぶつけていくことで、どん底からの起死回生を期待していました。

その当時の私を顧みれば、自身の置かれた生活状況を客観視できない、常に結集や後輩指導に気を取られて精神的に余裕のない、他の正当な意見(家族であっても)も聞き入れることができない。そんな状態であったと思います。

そんな頑迷な私が、顕正会と建設的に向き合う運びとなるお膳立てをしてくれたのが、大河ドラマと、当時所属していた組織の皆様でした。

大河ドラマ?と思われるでしょうが、それは人の道徳心や、なによりも歴史を学ぶ事の大事を再認識する良き材料になったのでした。
近年の三作品を一気に視聴しました。一作品50話編成で一話が約1時間ですから、かなりの時間を費やしました。
顕正会活動と仕事に全ての時間を奪われ、俗世間との溝が深くなってしまっていた当時の私にとって、それは大変有意義な時間でした。

まぁ…、その分顕正会の活動に充てる時間が減少したということも脱会を決意する要因となったのかもしれませんが。

組織の皆様のお蔭というのはどういうことか。
端的にいえば、「信心の欠片もなく堕落した組織」の実態を目の当たりにしたという事です。

諌暁書配布と称して公園の散歩。組織の中で信心の話が交わされない。折伏成果の9割以上がネパール人。
特にこのネパール人に関しては、支隊自体がその専属の組織というスタンスで、日本人をメインとしている班は私の班のみでした。
しかし、大量のネパール人が入信しているにも関わらず、重要な「有難い展開」の話を耳にしない。会合でも姿を見せない。
数のみに囚われた「その場しのぎ」の戦い。
このような形を先生が望まれてはずはないと思いました。

更には浅井先生の指導内容と、その下の組織で実際に行われている指導や活動の内容が矛盾していること。
そのことが後に顕正会や浅井先生自体への猜疑心に発展していく大きな契機となったのでした。

例えば、“家庭の宿命の氷が溶け、一家で歓喜の語り合い”との記事は顕正新聞ではよく見かけますが、婦人部では家族で信心の話をしてはいけない、と指導している事。
“自他彼比の心なく水魚の思を成して異体同心”と指導しながら、実際は横の繋がりは禁止されており、縦の関係しか認めない事。

こういったの類の質問は、いくら上長に詰問したところで話をはぐらかされるのみで一向に建設的な会話とは成り得ません。

『師子王は百獣にをぢず師子の子・又かくのごとし』です。
筋の通らないことを黙視していては「不忠である」ということは、浅井先生は常に教えて下さっていました。

つまり彼らは“師子身中の虫”ではないのか?

浅井先生の御指導の通り仏法を実践していないのであれば、是正していこう!と強く思い、自分の思いを上長らに訴えていく決心をしました。

「正しい道理を貫いて、返って不信のレッテルを貼られ、除名になったならば、一分でも大聖人様に申し訳が立つ」
浅井先生の薫陶を胸に、初めて顕正会という組織に対して向き合ってみることにしました。

ちょうどその時分に、婦人部班長であった私の妻は、法華講員ブロガーの“セロリさん”の縁で一足先に法華講へ移りました。

そしてセロリさんや妻から再三顕正会の誤りを聞くこととなるのですが、まだ当時の私には馬耳東風でした。

何故なら私は浅井先生が大好きだったからです。

情の面で大変な執着があったので、聞き入れたくありませんでした。

先生から離れるという選択肢はその時はまだなかったのです。

日曜勤行で浅井先生がお導師をされた時、お声を聴いただけでいつも涙が溢れました。

もし会員活動の実態と浅井先生の指導が相違している事実。実は先生はそのことを知っていてあえて黙認されているとしたら‥顕正会を続ける意味はないのではないかと思いました。

以後、幹部は全くと言って良い程、私の話を真面目に取り合ってはくれませんでした。

いい加減。あぁ、顕正会はこういう組織なのか、と自分のやっている事の愚かしさに気付いたのです。

それよりは、ネットで大聖人の仏法を調べる毎日となりました。

特にYouTubeにおける樋田昌志さんと顕正会員の法論動画には心を強く打たれました。
理路整然と顕正会員を論破する樋田さんを見て、「顕正会の理論は破綻している」という確信を徐々に深めていきました。

日蓮正宗の正しさを実感せざるを得ない内容でした。

そして日蓮正宗のお坊さんと話がしてみたい!との思いに駆られ、妻の念願と相俟って、それはついに実際の行動として実現しました。近隣の宗門末寺へ行き、門を叩いたのです。

その日は丁度御会式の日で、私達がお寺に到着したのは法要の直後、また偶然にも日淳上人の御遷化された11月17日のことでした。

御住職は突然の私たちの訪問に嫌な顔一つせず、真摯に対応され、とことん折伏して下さいました。

4時間以上にわたって、夜の11時近くまで私の愚問の一々に答えてくれたのです。

宗門僧侶は決して堕落などしていませんでした。

その時、初めて柔和な心で触れる『日蓮正宗』に感激している自分に気付いていたし、
遂に本物の師匠との出会ったのだと確信を得ていたのでした。

如何なる縁あってのことでしょう。そのように思わせる程の素晴らしい御住職様と巡り会うことができたのです。

しかし宗門に移るということは、取りも直さず浅井先生を裏切るということ。

その段階に至っても尚、浅井先生に対する執着を払拭しきれてはおりませんでした。

しかし「依法不依人」と説かれる以上、顕正会に残る道理はありません。

そして後日、自ら御住職に電話をして御受戒を願い出たのです。

これは、奇異な自論でしかないかもしれませんが…
私が顕正会で学んだ意義というのは、釈迦仏法に例えるならば「爾前権経における修行」の様な位置づけであったのではないかと思うのです。
結果的に顕正会は偽物でしたが、もし顕正会に入信していなければ、現在日蓮正宗で信仰することもありませんでした。

何よりも「本門戒壇大御本尊」の尊さや、甚深の法理を教えてくれたのは浅井先生でした。

しかし、「不受余経一偈」「正直捨方便」と説かれるように
真実の法華経を説かれた後には、正直に方便は捨て、法華経のみを信受しなければなりません。

私は御本尊様の「開眼供養」など知る由もありませんでした。日顕上人はニセ法主だと思っていました。日蓮大聖人の御遺命は「国立戒壇」だと思っていました。「遥拝勤行」で大御本尊と感応道交すると信じておりました。

一度も真実を耳にする「機会」がなかったのです。

しかし知った後が肝心ですよね。

それでも目を閉じて、耳を塞ぎ、真実を受け入れないというならば、その謗法の罪は免れ難いことでしょう。

多くの顕正会員に真実を知ってほしい、本当の歴史、正しい日蓮大聖人の仏法を知ってほしい。その様な思いでブログを始めました。

何か聞きたいこと等ございましたら、お気軽にご連絡下さい。

長文にお付き合い下さり、ありがとうございました。

同感

 私も疑惑・疑問だらけでしたー!
正しい仏法の無い世界で素直にストレスだらけになり!
修羅にもなり・・
いけないと知りながらも畜生と化す自分を抑えられず・・

度々振り返りながらも餓鬼道を行き!
どうしても自分は地獄の思いをして止まなかった。
硬く、重く、黒い姿・・「絶対!」「なんとしても!」
「あと十有余年・・」と、大聖人様がなされる広宣流布を期限を設定して先取り・・ もーガッチガチでしょ!!ならないわけがないでしょ!!!! 地獄界と申す!
山の存在を知り、山に登るも、透明な見えない壁が塞いでるようで。よくある地獄絵の炎や血の海にもがく人たちの姿を連想してしまいます。
 顕正会は悪くしかならない。しかし日蓮大聖人の仏法は良くなるはず・・。顕正会員は『悪しく敬わば阿鼻獄の相を現ずべし。』が、まさか顕正会に当てはまるなんてこと気が付くはずがない。なぜなら「絶対に唯一の正しい団体」との洗脳を受けているから・・。

[ 2014/02/27 08:47 ] [ 編集 ]

鼠さん

コメント有難うございます☆
「絶対に唯一の正しい団体」の洗脳は強力ですね!
鳥と同じ、初めて見たものを一生「親」と信じ続けるように、他を冷静に見る心の余地を与えない顕正会の完璧に近いマインドコントロールのシステムは『一切世間の仏種を断ぜん』の御金言のままです。
本当のところは中にいた者しかわからない、世間からみたら大馬鹿者、愚人、異端児、きちがいとしか見られない顕達は皆、背水の思いで成仏・広宣流布を目指して毎日を生きている。だから余計に救いたい!との思いが湧きますよね!
[ 2014/03/02 13:56 ] [ 編集 ]

はじめまして。顕正員の方に勧誘され若干迷ってしまったので調べたらミミさんのブログを発見しましたので拝見しました。
その人の話を聞いて宗教なのに政治・経済、世の中の情勢を語り、不安を掻き立てる。顕正員は周りも巻き込み運が良くなるが勧誘しなければ犯罪を犯すより重たい刑になる。朝晩30分お経を唱えるだけで良いからお金はかからない。だけど集会はある。じゃあ、そのお金はどこから?とその人たちに矛盾や疑問点がありその場では断りましたが、ミミさんの言葉を信じやはり入信はやめます。ありがとうございました。
[ 2014/12/01 17:54 ] [ 編集 ]

たろうさんへ

こんばんは★
当ブログが少しでもお役に立てたのなら良かったです(^-^)
こちらとしても大変励みになりました!
しかし、実際現場にいたわけではないので、詳しいことはわかりかねますが…
「顕正員は周りも巻き込み運が良くなるが勧誘しなければ犯罪を犯すより重たい刑になる。」
というのはめちゃくちゃですね(^-^;
[ 2014/12/02 19:27 ] [ 編集 ]

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
[ 2015/03/19 12:15 ] [ 編集 ]

日蓮さんや学会とどう違うのですか?

私は、子供のころ学会、23才から30才まで顕正会、最近まで日蓮にいましたが、みんな同じでした。
人の気持ちや感情なんか知ろうともしない。
共感性が全くない。
全て仏法でしか話がかえってこない。
だいたい人として信頼できない人間に何を言われても虚しいだけ。
私が鬱だって言っているにもかかわらず先輩は全く鬱に理解のない人達でした。
鬱など甘えだと言われたよ。
先輩のスパルタ指導にあまりにも耐えきれず病院の主治医に相談したところドクターストップがかかり宗教はもうやめました。
信仰は自由です。
ですが先輩を自分で選べないぶん人によっては救われるどころが地獄をみます。
それでもどんなに気があわなくても心が通じなくても苦痛でも修行の相手だとかたずけられてしまう。
これで頑張る事を強要されて鬱は甘え怠け?だと言われ悪化したら本末転倒ですよ。
子供の気持ちの分からない教育ママのスパルタ指導によりママを憎んだらオンシツ?になっちゃうんでしょ?
スパルタ指導により鬱が悪化し先輩を憎んで喧嘩になりオンシツ?とか言われて罰がでるくらいなら私は逃げました。
[ 2015/03/26 14:16 ] [ 編集 ]

てか日蓮だって寺にいくたびに必ずお布施しなくちゃいけないし、それを運営資金にあててるし、自分達の宗教が一番だと言っていますよね。←こういう事いうと怒って学会や顕正会の回し者だと言うのでしょうwww
この三派はもう全て敵味方でしか相手をみない。
学会は顕と日蓮の悪口。顕は学会と日蓮の悪口。日蓮さん、あなたがたも同じなんですよ。
全世界にこんだけ宗教があり、みんなそれぞれそれを信じている。
本人達は誇りをもってやっている。
それを見下す。自分達だけが凄いのだと。
悪口のオンパレード。もうそういうのがウンザリだったんです。
この争いに巻き込まれて悪口を言わせられている人達が不幸だよ。
私の知り合いにエホバの人がいますが、他の宗教の悪口なんて言いませんよ。
吐き気がします。
さぁ、楽しみですwww
この投稿を通じてどんな嫌みや批判や攻撃?
見下した返答が貴方からくるのでしょうwww
少しでも反抗すると敵と見なされる!
恐い恐いwww
[ 2015/03/26 14:37 ] [ 編集 ]

もんちゃんさんへ

コメントありがとうございます。
「日蓮」というのは「日蓮正宗」のことでしょうか?
確かに、自分で選んでもいない上長に、偉そうに先輩面されて指導されるのは頭にきますよね。
そういう僕も、顕正会時代はその1人でしたので、今では大変恥ずかしく思います。
怨嫉(おんしつ)もそうですが、功徳、罰、魔障、罪障消滅。
どんな些細な事象だって、人がその何れかに勝手に当てはめて、定義付けることなんてできませんよね。
耳障りだと思われたら「怨嫉」で片付けられますが、上長のためを思った進言であれば相手にとっては「功徳」なはずですからね。
状況をお聞きすると逃げるのも無理ないと思います。
[ 2015/03/26 21:27 ] [ 編集 ]

もんちゃんさんへ

残念ながらw
コメントを読んで全く怒りすら湧かないどころか、「あぁその通りだな~」と共感してしまいました。
100人いれば、100通りの正邪があって然りですね。
折伏というものを実践していて、僕が思うことは、円満な主体性が確かに自分の中に築かれていくということです。
相手に向って道理を説くわけなので、まともに考えるならば、吐いた道理と自分の立ち振る舞いが違っていた場合、惨めなのは自分ですし、その度「正していこう」となるんですよね。
度が過ぎた悪口はやがて自分を貶めることになるし、
かと言って何もしなければ教義の実践項目に違反することになるし、
実際にはすごく微妙で加減の難しい世界だと思います。
こういう批判はあって当り前だと思いながら僕も信仰していますが、
卑怯なことに、それについて僕は何も反論しようと思いません。
もんちゃんさんがどう思おうが自由ですし、
僕が批判を受けてどう思うかも自由です。
僕は、批判に対して「受けて立つ」ようなことは考えないというだけのことです。
論争したいのなら、他でやってきて下さいね。
[ 2015/03/26 21:53 ] [ 編集 ]

今日、顕正会の信者から勧誘されました

驚くべき事に、彼は数ある日蓮系の会派の中で、顕正会が正しい理由は、「日蓮上人様ご本人によるご本尊を所持しており、それは日蓮上人様の魂がこもっている、つまり、日蓮上人様ご本人だから」と述べていました。
………大嘘つき
[ 2015/04/07 22:26 ] [ 編集 ]

ジンジムさんへ

コメントありがとうございます(^-^)
顕正会は日蓮大聖人が染筆された御本尊は所持してませんね(^-^;
彼らは良くわからないうちから勧誘に駆り出されるので、行った先で見当違いの説明をしていることが良くありますね。
お疲れ様でしたm(__)m
[ 2015/04/10 18:51 ] [ 編集 ]

逆折伏なんちゃって

メールで、①破門されているのに大石寺を名乗るのは、ルール違反。②日蓮上人自身のご本尊なんて顕正会には無いんじゃないの?③辞めて日蓮正宗に入った方がいいんじゃないの?、と送りました。
返事が来て、破門は知ってるけど破門したあちらのトップが堕落しているので、こちらが向こうの代わりに正当な大元のご本尊のために、活動しているとの事。
さらに返信。それって、退学処分にされた学生がその大学の名前を使い続けているのと、同じだよね。で、その大元のご本尊の存在する場所を教えて。知ってる?公安警察からマークされているカルト団体って言うのが、一般人から見た顕正会なんだよ。辞めた方がいいよ。
一週間たって、返事が来ないから、矛先から外れたようです。
もし返事が来たら、あなたの言う大元のご本尊が本当に大切な存在なら、それを管理している人間の人格なんて、すごくちっぽけな問題だから、それで喧嘩していること自体、大元のご本尊さんにとって、失礼な行為なんじゃないの?って、言ってあげようとしていたんですがww
[ 2015/04/12 19:09 ] [ 編集 ]

ジンジムさんへ

もうずっと連絡こないかもしれませんね(^-^;
向こうはすでに手におえない相手だと判断したんでしょう(^-^;
顕正会では与えられる情報量が少なすぎますからね。
顕正会員にとって「数」にならない人をいつまでも構っているのは「時間の無駄」ですから(^-^;
でも相手は「ジンジムさんもそのうちに罰が出ていつかきっと…」と信じてるはずですよ(笑)
[ 2015/04/12 21:16 ] [ 編集 ]

宗教は共依存

宗教は共依存 検索してみて下さい。

会長の構想を叶えてあげたい会員心理です。
[ 2015/06/16 09:57 ] [ 編集 ]

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