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[ 2015/03/16 21:49 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(11)

H27/1/1 元旦勤行に参加してきました

新年、あけましておめでとうございます
本年も昨年までと同様、一人でも多くの顕正会員さんの宗門帰伏の助力になれるよう、また日蓮正宗の素晴らしさを広く世に伝えるべく、力を尽くして参りたいと思います。

さて先程、菩提寺にて1日、0時開始の元旦勤行に参加させて頂きました。
皆で五座の勤行を行った後、御住職様より本年の実践テーマの説明を兼ね、新年のご挨拶を賜りました。

平成27年度年間実践テーマは、

『達成・出陣の年』<実践三項目>

一、唱題・折伏で御命題達成と出陣
二、家族そろって御講参詣
三、支部総登山で人材育成

でした。

そしてこの度、支部として昨年より申請を申上げていた、日如猊下様御染筆の常住御本尊様様と導師御本尊様が御下附され、今回、御宝前に奉掲されました。
更に法要終了後には勿体なくも御相貌を間近で拝見する機会を頂戴致しました。

千載一遇の機と心得、恐れ多くもよくよく目を凝らし、拝させて頂きました。

また本日参詣の折、お寺から色々な物を頂きました。

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20150101112638.jpg

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殊にこの月毎に御金言が書かれたカレンダーは非常に有難いものでした。

早速一月の面をめくってみますと…

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正月気分にうつつを抜かして、謗法呵責の精神を忘れることの無き様との御意でしょう。

お寺で顕正会員の名前と電話番号入りの諌暁書用封筒を頂いたので、早速電話を入れて折伏に打って出ようと思います。

その前に総本山大石寺の御戒壇様に新年のご挨拶に参らねばなりません。

ということで明日大石寺に向かい、明後日は添書による御開扉を受ける予定です

昨日、同じ支部の信徒さんが丹精込めて作られた手作りおせち料理を頂きました。
これで腹ごしらえもバッチリ

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うまい平成27年、最高の滑り出しです
[ 2015/01/01 14:02 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(4)

H26/12/23 ブログ開設1年

年末の忙しさにかまけてブログの更新が滞留しております
12月を「師走」ということは知っておりましたが、今回改めて辞書を引いてみるとこのようなことが書かれておりました。

「師走は当て字で、語源は以下の通り諸説あり、正確な語源は未詳である。
師走の主な語源説として、師匠の僧がお経をあげるために、東西を馳せる月と解釈する「師馳す(しはす)」がある。」

語源に諸説あるとのことですが、上記の説明からわかることは、古来から「師」=「出家僧」であるという認識が一般的に定着していたであろうということです。
顕正会では在家である浅井会長を「師」と仰いで当たり前のような感覚でおりますが、それが如何に常識を無視した顕正会内だけの偏狭な信条であるかということが、こういうことからもわかると思います。

12月は「広布御供養」の推進の月。
寺院もない、僧侶もいない。「御供養」の本質とは一体何だろうかという観点からも、もう一度顕正会で信仰を続けることが果たして、大聖人様の意に適う修行の在り方なのか否か、一度立ち止まって、考え直すきっかけになればなぁと思います。

「熱原の方々を鏡に、御在世の信行に立ち返る」なんていいますが、熱原の方々は「師・出家僧」である日興上人の御教導があってこそ大仏事を成し遂げることができたんです。決して方々だけ力ではありません。
この熱原の方々の捨身の信心が戒壇の大御本尊様御建立の機縁となっているわけですから、これは「僧俗一致」の精神が基となって、三大秘法が成り立っているということがいえるのではないかと思います。

さて、記事の新規投稿をお休みしている間、「添え物は初音的なネギ」さんという元顕正会員の方からコメントがあり、少々やり取りさせて頂きました。

メッセージの内容から、「添え物は初音的なネギ」さんの意を察してコメントの一部を下に掲載したいと思います。

――――――――――――――

顯正会員さん、はやく目を覚ましてください!
ネットはみてもいいんです!
未だに会長を信じてるのはただのバカですよ!
壮年の方はもう気づいてます、
だって縮小してるってことは辞めてる会員が後を絶たない現実を表しているから…!
顯正会の戦いは大確信の基に発展するだけ、と会長は指導してますよね?
その理屈から辿ると壮年部消滅なんてありえないんです!
会社でもそうですよね?
利益になる有能な部署は発展しますよね!
同じことなのですよ!
どうか顯正会の若い世代の方にはいちはやくミミさんのブログを見ていただきたい!
未入信での御供養はホウボウの「財」障を積ませる仏弟子にあるまじき大ホウボウ者ですよ!

―――――――――――――――

私は顕正会経験者の方々がこういった声をもっと大にして世に訴えていくべきであると思うし、またこのブログが受け皿となって沢山の人の目に触れることを大いに望んでいます。

最近、このブログは体験談なんだか、法華講員としての破折記事なんだか、趣旨が錯雑として、無駄に間口を広げ過ぎた感が若干否めませんが、積極的にコメントをくれる方々は、法華講員さんよりむしろ、「添え物は初音的なネギ」さんのような立場の方が多い傾向にあり、そのことは大変喜ばしく思います。

先日、ブログタイトルが内容にそぐわないんじゃないかと御住職様にご指摘いただき、私としても確かにその通りだなぁと思いましたが、一方でこういったコメントを頂くということは、このブログが少しでも「止悪」の機運に貢献できている実感をもつことに繋がるので、これは私にとって大変励みとなります。
まだ法華講員として経験の浅い、私のような新参者が書く破折記事は自分自身、何とも中途半端だなぁと思うことも多々あるし、そもそも、数々の先輩ブロガーさんたちが過去に個々のブログにて破折し尽くされているので、結局はそういったもののコピペ作業となります。
ただ、私はタイムリーな破折に大きな意義があると思うので、そういった作業も個人的な研鑽と並行して徐々に行っていきたいなぁと思います。

なんだか間に合わせのような内容の記事となってしまいましたが、早いものでブログの開設から一年が経つので、今回は今後の展望と、私のブログに対する考えをサラッと綴ってみました
[ 2014/12/23 09:49 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(4)

アクセス数の増加と勧誘被害のコメント

本年の最終法戦の締め切りに伴って、ここ2日間程一気にアクセスが増えました。

きっと検索エンジンからの流入の増加が主な要因だと思います。

ネット端末が広く普及され、環境も安価で整うようになった現在。
顕正会に折伏(勧誘)された方々が、顕正会についてネット検索する割合というのも当然、増加の傾向にあるはずです。

その様な中、顕正会から勧誘を受けた「Eさん」という方から2通コメントを頂きました。

そのコメントからは、顕正会で行われている勧誘活動の内容が、如何にお粗末なものであるかが窺い知れます。

コメントの本文はブログのコメント欄から閲覧可能ですが、一部抜粋してみたいと思います。
以下。

『「冨士大石寺やってるの。朝晩唱えればいいこと必ずある。私も最初は主婦友達に誘われ信じられなかったけど、ある日唱えたら風邪が引かなくなりいいことだらけ」って言われある家にいかれてた 。』

顕正会員が勧誘の際に「Eさん」に対して言ったことだと思われます。
そうなんです。多くの顕正会員は「冨士大石寺」と自称して勧誘をします。これは「詐欺」です。

良い事だらけなんてことがあるわけないでしょう。
あるわけないのに『一名』のためなら平気でウソもつけてしまう人達なのです。
顕正会員はどのようなカタチであれ入信に結び付けば‥と、結果論のみで考える特徴があるので、話を誇張しようが、作ろうが、それは「御本尊様の讃嘆」に変わりはなく、「功徳になる」と盲信しているのです。

違うでしょう。大聖人様は、

『苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうちとなへゐさせ給へ、これあに自受法楽にあらずや』(四条金吾殿御返事)

と仰せなんですから。

そして、
『いいことがあるから返して。悪用しないし私が持ってるから大丈夫。 』

これは「Eさん」が入信勤行に際し、個人情報などを記入して顕正会員に提出した「入信報告書」を、入信勤行終了後に「Eさん」が顕正会員から取り上げた時の、顕正会員から「Eさん」に対する発言かと思われます。

いやいや!場合によっては悪用するでしょう!
紹介者が顕正会を辞めた場合、この入信報告書に記載された情報は顕正会内の第三者の手に渡り、その第三者からいきなり電話がきたり、自宅まで訪ねてくることだってあるわけですから。しかも迷惑だからもうこないで、という事は通用しない。

更に、
『とか延々にいいことあった話を聞かされました』

『「なんでしつこいの?」って聞いたら、「だってこんなにいいことだらけだからみんなにいいたくなり自慢したくなる」とかわけわからんことをいって延々と作り話?らしきことを聞かされました』

もういい加減、リア充アピールだったらFacebookでやってくれって言いたくなりますね。
[ 2014/11/25 21:42 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(4)

H26/11/3 支部登山

週間予報ではずっと雨だったのですが、登山の前々日あたりから突如晴れの予報に好転

最近は、お山となれば雨天が続いていたので、今回は久々に富士山の尊容を拝せました。

KIMG0048.jpg
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上の写真は、売店横の駐車場から。
下の写真は、奉安堂前の広場から。

写真では解り辛いですが、生では富士山の山肌の凹凸までくっきりと確認できるほどで、結構表面はデコボコしているんだなぁ~と思いました。
また、雲の感じが絵に描いたような素晴らしさで、登って上からあの雲海を眺めてみたいなぁ~と思いました。

山だから寒いかもと思い、厚着していきましたが、日中は半袖一枚で歩けるくらい気温が上がりました。

私にとって、入信してより5度目のお山でした
[ 2014/11/07 21:25 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(0)

ブログのご紹介。

ブログのご紹介をさせて頂きます。

タイトルは「顕正会事件簿&破折資料室」です。

このブログは過去に法華講員の方が書かれたもので、顕正会員さんには少々難しい内容かもしれませんが、特に戒壇論については理路整然たる道理が示されおり、破折のマニュアルとしては非常に参考となる資料ではないかと思います。

ただ、管理人さんが長く更新をされていないため、現在では若干埋もれたような状態となってしまっているのは少々残念です。

そこで、それでは勿体ないと思い、管理人さんに許可を頂き、当ブログにてご紹介させて頂いた次第です。

カテゴリの顕正会事件簿では、過去の事件の詳細が書かれており、顕正会員さんには目を覆いたくなるような内容かもしれませんが、真実としっかり向き合うことは大事だと思います!

リンクコーナーにも追加で貼っておきます。
[ 2014/10/20 22:08 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(0)

顕正会員より寄せられたデタラメなメッセージ

先日、顕正会員の方から私個人向けにこのようなメッセージが寄せられました。
以下。

―――――――――――――――――

明け方にすいません。
サイト見ちゃいました。
何か、スゴい事が書いてあるので、ビックリしましたよ。あまり、こう言う場で意見を言うのはどうか?と思いますが、言わせて下さい。私も、顕正会員です。
何が原因で、サイトを立ち上げたか分かりませんが、ハッキリ言って運営者の人は、相当な罪障を積んだと思います。これは、団体の和合を破ると言う、五逆罪と言う最も恐ろしい罪でやってはいけない事です。ミミさんも、顕正会員なら解りますよね? 私の組織の後輩は、組織に反発し続け、数年前に亡くなりました。 今の時代は、功徳も大きいですが、反面も大きいです。私の事で無いので、人がどうするかは関心無いですが、これだけスマホやネットが普及した今で、サイトを見た人は顕正会に対しどう言う印象を持つでしょうか。世間の一般人にデタラメな情報を流すのは、学会や現在の宗門と同じく大聖人様に弓を引く立場になります。管理者さんの今後に必ず影響します。
私は、恐ろしすぎてマネ出来ないです。

以上

――――――――――――――――――

メールを頂いたのは、本日より10日前の、9月16日でした。
私はその翌日に、この顕正会員に対して以下の内容の返信をしました。

――――――――――――――――――

こんばんは★初めまして!遅くにすみませんm(__)m
顕正会 衝撃の真相のブログ管理者のミミです。ブログの御閲覧とメッセージありがとうございます。
「こういう場で意見」は全然問題ないので気になさらないで下さい、むしろこちらとしては有難いことです。
記事を書いているとどうしても主観性しかないので、読み手側がどの様に感じたかということは、ブログへのコメントを通してしか知ることができません。
しかし、コメントは基本的には公開していますから、何か意見したくてもなかなか出来ないといった方が恐らく大多数でしょう。
ですからこのように個人的なやり取りの場では、きっと相手も本音で話してくれるのでは?と思うのです。
五逆罪の事は存じています。理論書に書いてありますね。「破和合僧」ですよね!
字の通り、僧(出家)との和合を破る、という事ですね(^-^)
確かに自身が真実だと勘違いして、デタラメな情報を流しているとしたら、それは本当に恐ろしいことです。
根も葉もない、事実無根の悪口を「誹謗中傷」といいますね。
私は一応根拠のない事は書かないよう、普段から気を付けて、注意深く記事を書いているつもりです。
あなたが今回デタラメと感じたのは一体どの記事のどういった箇所なのでしょうか?
教えて頂ければ、再度その記事を当方で検証し直して、間違いであれば改めたいと思います。
是非とも、よろしくお願い致します。

――――――――――――――――――

さて、頂いたメール本文の最後に「以上」と書かれていることから、返信はあまり期待しておりませんでしたが、そのことはさておき、問題なのは文章の中で私が太字で強調した箇所。つまり、「亡くなった」「罰」、それから「デタラメ」というところ。メールを作成した顕正会員さんは、これらの自身の発言についてよくよく検討し直すべきだと思います。

まぁ、私が顕正会員であると勘違いしている点については特に取り上げて問題にするほどの事でもないとは思いますが、しかし、ファーストコンタクトでいきなり「亡くなった」とか「罰」なんて言うのは、これはどう考えても不謹慎ですよね。脅迫まがいです。

ただご本人も前提条件として「顕正会員だから話が通じるだろう」という憶測があったのだろうし、私の方もこういうのはある程度慣れていますから、個人的にはこれは大した事ではありませんが、次の「デタラメ」について。これはちょっとスルーできません。

「デタラメ」という言葉を口にする以上は、具体的な箇所と根拠を明示しなければいけません。できないのであれば「デタラメ」と言う方が「デタラメ」を言っているということになります。

顕正会員さんはいつも自分で墓穴を掘ってしまいます。如何にも顕正会員らしい模範というべきメール内容です。
顕正会の信心をしていると道理で物事が考えられなくなりますね。自分の言動が客観視できなくなります。
これニセ本尊の害毒です。また遥拝勤行というのもデタラメな化儀です。

顕正会員が往々にして「デタラメ」を言うような性分となるのは、顕正会の本尊や行体が「デタラメ」であることの証左に他なりません。

「一切は現証に如(し)かず」と、顕正会員さんの得意な御金言をそのままそっくりお返し致します。
[ 2014/09/26 21:05 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(5)

謝罪(コメントについて)

通常のコメントではなく「拍手コメント」の方にコメントを入れて下さっていた方々。すみませんでしたm(__)m
ブログの勝手をイマイチ把握できておらず、先程「拍手コメント」というものの存在自体を初めて発見しました

8/7にコメントを入れて下さった「やぎこ」さん。
8/15にコメントを入れて下さった「元顕正会員の者ですが」さん。
9/6にコメントをいれて下さった「名無し」さん。
9/15にコメントを入れて下さった「元顕」さん。

コメントをお返しする事が出来ず、すみませんでしたm(__)m
コメントを私のスマートフォンの方に通知する設定がされていなかったので、先程通知を設定致しました。
よって今後は「拍手コメント」もリアルタイムで確認し、返信することが可能となりました。

記事について何かお気づきの点や、共感して下さった事、反論等、どのような形であれ、皆様よりコメントをお待ちしております(ただし、禁止用語などを含む暴力的なコメントなど、当方にて承認しかねるコメントに関しては削除させて頂きますので、悪しからずm(__)m)
[ 2014/09/20 00:27 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(0)

H26/9/19 元顕正会員が御授戒!と近況。

本日支部において大変有難いことに、また1人、顕正会から法華講への入信がありました。
私は仕事だったため、今回は立ち合いませんでしたが、今回の御授戒は今までになく意義の大きなものであったと思います。
というのは今回折伏を成就された紹介者というのは、顕正会から法華講に移られた方なのですが、この方は顕正会時代には折伏(勧誘)を一度も実践した経験がないのです。
顕正会時代にバリバリ活動していた人が日蓮正宗に土台を変えて、またバリバリ活動するというのはある程度当たり前のような感覚がありますが、今回折伏を成就された方というのは決してそのようなタイプではありませんでした。
そのような方が人を一人お寺にお招きし、御授戒が叶ったというのは、特別有難い展開ですね。
お二人の今後のご精進を一層期待致します

またこの度、支部の活動を「妙教」にて紹介して頂ける運びとなりました。その一環として私のインターネットを通した活動も掲載して頂けることになるかと思います。11・12月号の予定です。法華講員の方はもし宜しければ目を通してみて下さい
[ 2014/09/19 22:55 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(0)

H26/9/8 男子部大会が終わりましたね 

顕正会員の皆さんご苦労様でした。
情報源が乏しいため、正確な結集成果や、当日現場での様子については未だ詳らかではありませんが、当日、あるいは前日、顕正会幹部会員が血眼になって結集を呼び掛けている様子は、当ブログのアクセス数からもひしひしと伝わってきました。
YahooとFC2両方合わせて、前日は600PV超、当日は1100PV超のアクセスを頂き、本日も余韻で既に600PVを超えている状況です。
普段が200PVぽっちですから、当日は普段の5倍以上の閲覧数となりましたが、記事の内容が軽薄であるゆえ、かえって恐縮でした(-_-;)
参加者の生の声はウェブ上にぽつぽつと徐々に上がってきてはいるようですが、もうちょっと時間の経過を待ってみることに致しましょう。
とりあえず特集号が手元に届いたら所感を記事にまとめてみたいと思います。
まぁ最も「数」について言えるのは、集まったか集まらなかったなんて、浅井先生絶対さん達にとっては信仰上、取るに足らない様な事柄なのでしょうが、そんな頑迷極まる一闡提さんはとりあえず放っておくとして…、新規狂信者の発生だけはなんとか阻止しなければなりませんね。
「富士大石寺」を騙る団体に好き勝手させては絶対いけないと思います。
[ 2014/09/08 22:26 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(1)

ブログ紹介。*manami*no*顕正会体験記。

本日は、脱顕正会員さんのブログをご紹介致します。
タイトルは「*manami*no*顕正会体験記」
ブログ説明は「顕正会員として過ごした18年間の思い出と心の葛藤、現役顕正会員との対話を綴ります。」
とのことです。→こちらからどうぞ。

更新頻度が高く、最近とても頑張っておられます。
過去記事の「№1」から順に読んでいくと、顕正会によって洗脳されていく過程がリアルに綴られており、また内部の生々しい実態が暴露されています。
平易な文章で、書き手の思いが良く伝わってくる大変良いブログです!
皆様、是非ご覧あれ!
(※当ブログのリンクコーナーにも追加しておきました。)
また、特別にブログ主であるmanamiさんに許可を頂き、数ある記事の中でも私が特に興味深かった内容の記事を当方にて転載させて頂きます。
記事のタイトルは、
「その後…男子部の組織内に回った一斉メール(こぼれ話し)」

以下です。

各位

現在、浅井先生を誹謗し顕正会を退転したM・A(元支隊長)、K・H(元組長)が、今まで本人達が入信させた顕正会員のところに来てはその者をたぶらかし、腐敗堕落の法華講に引き込もうとしています。
事実、昨日、●原組長宅に訪れ組長の母は、

「顕正会は御相承を受けていない」( 御相承を受けていないのは事実ですよ・・manami )
「顕正会の本尊はニセモノだ」(これも事実です。日蓮正宗の御本尊様を勝手にコピーして使ってるでしょ。manam )

などと信心の欠片もない全くのデタラメを、さも平然と情に絡めて眩惑させられ危なかったとの事でした。
元来、M・Aは虚言壁があり、また後輩を思いやある気持ちなどさらさらない我慢偏見(これは我慢偏執というんですね・・本当は manami )の者でした。
しかし、悪事が●田隊長によって暴かれ●井総男子部長のお耳に入るや、M・Aはその非を認め支隊長から組長に降格となりました。

ところが、翌日から音信不通となり●田隊長や●光支隊長が何度諌めに行くも逃げ回る始末で(未だに逃げ回っている)→(逃げ回ってませんよー。全然!manami)半年近くなりを潜めていたかと思ったらM・Aはとうとう長野にある末寺、妙ゆう寺(長野にそんなお寺はありません…manami)の末端の講員に成り下がり妙観講の豊田(樋田さんです。しかも妙観講ではありません manami)と結託し仏敵となって、まず●林班長のもとに現れたのです。

手口は同じで、顕正会員の純粋さにつけこみ、口八丁手八丁のM・Aは情に絡めて眩惑してきました。(虚言壁があって口八丁手八丁は○田隊長だと思うけど・・manami )
●林班長が毅然と諌めると(実際は毅然と諌めたのはこちらです。詳細はyoutubeをご覧下さい 動画はこちらから
●井先生を嘘つき呼ばわりし、しつこく勧誘してきました。
もしM・Aやその手下のK・Hから取り次の電話や訪問があったとしたら絶対に耳を貸さず直ぐに先輩に報告し、酷ければ警察を呼んで自分の信心の強さで魔を退散させて参りましょう!

支離滅裂な一斉メールでした (-_-;)


転載は以上です。

メールの中の、
『「顕正会は御相承を受けていない」などと信心の欠片もない全くのデタラメ』
とは実に噴飯ものですね(笑)
翻せば、顕正会が御相承を受けている事を肯定する文章になってしまいますからね。(因みに会が御相承を受けるというのは変なので、正しくは浅井会長が、と言いたいわけですね。)
確か、過去に浅井会長は、御相承を受けているのではないかと言われたことに対して、「そのような事は全くのデタラメ。御相承の授受については御法主上人御一人以外の者の知るところではない」と激怒していましたよね。
このメールの作成者は、あまり顕正会の教義に詳しくないか、すこぶる悩乱しているかのどちらかですね‥。
[ 2014/08/21 20:27 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(0)

体験発表

今度の群馬布教区の広布推進会にて有難くも体験発表させて頂くことになりました。
原稿の内容は前回に支部総会で使ったものに、多少加筆・修正を加え、新しく書き直したため、再度ブログに掲載したいと思います。

――――――――――――――――――――

私は平成25年11月30日、冨士大石寺を詐称する、邪教在家団体である「顕正会」を辞め、善成寺において、晴れて日蓮正宗信徒と成らせて頂きました。

中学生までの間は、母方の祖父母が信仰していた日蓮宗系の一派である「本門佛立宗」を信仰しており、教祖「長松日扇」が作った、曼荼羅を自分の部屋に置いて拝んだり、日曜日には家族、あるいは祖父母と共に、私の郷里にある「本門佛立宗」寺院に行って法要に参加するなど、幼いながらも興味を持って、信仰しておりました。
その頃の私は「本門佛立宗」を信仰する故の害毒か、大変な「虚弱体質」で、落ち着きがなく、学校に行くのも嫌なほど、生命力もなく、また家庭も、居酒屋を営んでいた父の店は倒産してしまい、経済苦や両親の不仲から、家庭内は常に殺伐としておりました。
高校生・専門学生時代には、邪教の信仰からは離れたものの、相変わらず学校を欠席する日が多く、今振り返ると、高校も専門学校も卒業できた事自体が不思議なくらい 、放埓で自堕落な生活を送っていたと思います。
専門学校を卒業した19歳の時、同じ専門学校の生徒であった顕正会員から勧誘を受けました。得体の知れない宗教団体に気持ち悪さを感じ、その場ではキッパリ断ったのですが、その後、数度に亘って勧誘を受けました。相手の熱意に押されたこともあり、義理で顕正会に入会してしまったのです。
その頃の私は、親元を離れ、東京で友人と同居しており、経済的に苦しい状況で、生活に多くの悩みを抱えておりました。また仕事をしていなかったため時間を持て余しておりましたので、何か新しいことを始めるのに都合の良い時節であったという条件も重なっていたのです。
顕正会紹介者の「お金がかからない、良い事がある、宿命が変わり悩みが解決する」といった甘い言葉から徐々に私の心は顕正会に傾き、目先の利益に目がくらみました。
そして何かうさんくさいとは思いつつ、顕正会の信仰を始めてみると、気が付けば、あっという間に活動にのめり込んでいたのです。
罪障を積むとは知らず、友人、知人達を次々と勧誘し、顕正会を辞めるまでに本当に沢山の方達をニセ本尊の前に連行し、顕正会に入会させてしまいました。
組長、班長と次第に顕正会から役職を命じられると、およそ信心とは関係のない優越感を得、更には「あと数年で広宣流布」などと全く根拠のない使命感に踊らされ、すっかりと盲目になっておりました。後先を考えず、無鉄砲に活動を続けていく中で、徐々に生活の基盤は崩れ、社会との軋轢が生じ、最終的には自分の人格に対してまで不審を懐くようになったのです。


会員活動の実態は酷いもので、幹部会員は無理な勧誘ノルマを課せられ、組織の入会者数のノルマを達成する為に書類を偽造して数字合わせをしたり、私の所属していた組織では、入会者数の9割以上をネパール人等の外国人が占めておりましたが、まともに仏法の話をしないまま入会させており、あとは放っておくという、折伏、育成の精神のカケラもない活動内容となっておりました。上長である支隊長からも、ほとんどまともに仏法の話を聞いた事はありません。
その上の隊長も話が常に一方的で、自分の言いたい事があっても、大概は言うことができませんでした。
顕正会では、一応は戒壇の大御本尊様や大聖人様の尊さを教えるのですが、真の目的はその信仰心を浅井会長への帰依にすり替えていくことであり、更には仏法にかこつけて、浅井会長の為なら命を捨てるといった、狂信者、妄信者にされてしまう事が行われております。
例えば顕正会の会合における登壇者は、必ず最後に「無二の師匠、浅井先生に必ずやお応えして参る決意であります」という決まり文句を付けたり、「国家破産は眼前」「2020年代には中国が攻めてくる」等と、予言めいた事を言っては、終末思想を会員に植え付けています。
更に、顕正会のみが日蓮大聖人の仏法を実践している団体だと洗脳され、「顕正会には特別な使命がある」「なにがあっても大丈夫」との浅井会長の言葉のみを固く信じ込んでいる為、顕正会員だけは特別に護られる、といった様な、未来に対して全く根拠のない妄想を懐いています。そのために生活面での現状や目の前の問題を直視することのできない会員が多くおります。例えば、大幹部であるにも関わらず、活動を優先するために職を転々とする人もいます。
私自身も、顕正会員時代はその様な思想に染まり、際限なく時間と労力を顕正会の為に消費してきました。

活動の内容は年々酷くなっていく感があり、浅井会長の指導とそれに対する中堅幹部の振舞いの相違をきっかけに「大聖人様の仏法は素晴らしいけど、唯一正しき団体といいながら、一体なぜこの様な実態なのだろうか?」と次第に疑問に思うようになっていきました。
その様な中、顕正会では禁止されている、「インターネットで顕正会を調べる事」を始め、顕正会を辞めて、日蓮正宗信徒となった方の沢山のブログ等を閲覧するうちに、徐々に顕正会の誤りに気付き始めたのでした。
特にその中でも、妙相寺支部の「セロリさん」の書く記事に心を大きく動かされ、直接電話して話すようになりました。
すると浅井会長から、植え付けられていた「日蓮正宗の悪いイメージ」が、徐々に氷解していったのでした。
しかし、顕正会はほぼ間違いだったと理解してからも、師匠だと思っていた浅井会長に対して、情の面での執着が拭えず、日蓮正宗に移る事を躊躇しておりました。
しばらくして、頭で考えても答えが出ないとの結論を得、御僧侶に会ってみたいと思うようになり、平成25年11月17日、思い切って善成寺の門を叩き、初めて木村御住職とお会いしたのです。
その日はちょうど「お会式」の日で、法要が終わった直後、突然の訪問にも、木村御住職は真摯に対応され、私の愚問の一々に答えて下さったのです。
また、木村御住職様は日顕上人の直弟子と聞き、今まで恐れ多くも日顕上人に大変悪いイメージをもっていた私は、木村御住職様の御慈悲、尊いお振舞に接し、その様なイメージはその場で氷解致しました。
その日は「じっくり考えてから決めても良い」と御住職様は仰って下さり、帰りましたが、考えれば考える程、「木村御住職様の下で信心させて頂きたい」との思いは日を追うごとに増し、遂には自分で善成寺の電話番号を調べ、御住職様に御授戒を受けたい旨の連絡を入れ、11月30日、晴れて御授戒を受けさせて頂きました。

顕正会の勤行は二座だけを読み、お題目を五分唱えるという独自の形式で、短時間で済んだため、初めて五座三座の勤行のやり方を聞いた時は、「こんなに長いのか…」と思いましたが、実際には時間の長さもさほど気になることはなく、むしろ御本尊様に通ずる本物の勤行というのは大変気持ちが良いものでした。顕正会では遥拝勤行などといって御本尊を安置せず。一度も見たことのない大石寺の戒壇の大御本尊様を無理矢理想像しなければなりません。また「有難い」という言葉を必要以上に強調するので、「頑張って有難いと思わなければ!」と大変力んだ勤行となり苦痛でしたが、現在は自宅に御本尊様をお迎えすることが出来、顕正会のニセの化儀ではなく、宗門伝統の正しい化儀に浴する喜びを感じつつ、安心して自行に励んでおります。

また一月の支部総登山で初めて総本山大石寺へ行き、戒壇の大御本尊様をこの目で拝する事が叶いましたが、まるで霊山かのような大石寺周辺の風土の明媚さ、歴史ある建造物の数々に鳥肌の立つような感動を覚えました。
すると同時に大石寺は「今は行ってはいけない謗法の地である」と私を騙し続けてきた。浅井会長に対し激しい怒りがこみ上げてきました。
しかし、騙されていたのは自分自身であって、全てを浅井会長のせいにするのは愚かなことで、自らが招いた結果であると、冷静に受け止められるようになりました。これからは境界を変える為、真剣に罪障消滅に励みたいと思います。

御開扉の際には顕正会時代の活動一々が思い起こされ、「日蓮正宗に移れて本当に良かった」と、心の底から歓喜がこみ上げました。そしてお扉が開いた瞬間、溢れる涙を止める事ができず、前半は全く読経すら出来ませんでした。

現在、日蓮正宗に帰伏して約9か月、顕正会時代にはどうしても直すことができなかった職場への遅刻癖はなくなり、霧がかかったようにぼやけていた思考回路も、日を経るごとに明晰となっていくような感覚があります。
また以前の自分の主張だけを押し通す事しかできなかった狭い世界観から、まずは相手の話を聞き、落ち着いて物事を捉えて判断する能力、人間としての心の有り方や日常の振舞について深く思慮するようになるなど、六根清浄の果報を少しずつではありますが、実感しております。

日蓮正宗信徒となった今、強く思う事は「世法即仏法」との腰を据えた信心を常に心がけ、世間からも認められる様な日蓮正宗の発展の一翼を担う信徒となり、御命題成就、広宣流布のお役に立たせて頂きたいと思います。
ご静聴有難うございました。

――――――――――――――――――――

顕正会に疑問を感じている現役顕正会員の方、
顕正会の活動から離れた未活動状態の方、
顕正会教義の誤りについて詳しく知りたい方、
日蓮正宗で行われている活動を具体的に知りたい方。
是非、電話、メールにてご相談下さい。
微力ながら、貴方の「求道心」に、少しでもお役に立てれば幸いです。
勿論、現役顕正会員さんからの法論も受け付けます。
ミミへの連絡先はこちらから
[ 2014/08/18 19:34 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(3)

H26/8/5 猛暑日

うだるような暑さの日々、皆様いかがお過ごしでしょうか?

まめに水分補給をするなどして、熱中症には十分お気を付け下さいm(__)m

本日、気象庁のホームページによりますと、私の勤務地である伊勢崎市の気温は13時30分の時点でなんと全国一位

そして、私の担当部署の温度計では‥。


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なんと42℃でした
[ 2014/08/05 22:18 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(2)

H26/7/19・20 夏期講習会(青年部対象)に参加しました。(続)

<丑寅勤行>

二日目は深夜1時40分くらいに起床して行動開始です。初参加となった丑寅勤行は深夜2時半から客殿にて奉修されます。
丑寅勤行と普段行う五座三座の勤行との形式上の違いは、まず引き題目が丑寅勤行の方が凄く長い事と、五座が終わった後、猊下様が客殿左奥の遥拝所に御移りになられ、そこから更にもう一座があるという事です。
私達が猊下様と供に勤行させて頂けるのはここまでですが、猊下様はその後「六壺」に御僧侶方と一緒に御移りになられ、そこでも勤行されるそうです。
客殿に向かう途中、大石寺全体が何か神秘的なものに包まれているような感覚となりました。
深夜であるにも関わらず、大勢の人々が客殿に向かう姿を見ながら、ふと、「何もこれはその日限りの特別なイベントではなく、700年以上の昔からずっと続けられてきた儀式なんだな」と思うと、何だかそのような光景が不思議に感じてきて、とても感慨深くなりました。
猊下様の勤行のお声はとても重々しく、正にこのお声こそ「法華を心得たるもの」のお声であり、唯一、御本尊様を開眼供養せしめる権能をお持ちであられる御方のお声なのだと、感覚的に実感しました。
帰りは六壺で勤行を続けておられる猊下様の邪魔にならないよう、なるべく物音を立てず静かに退場します。

<御法主日如上人猊下御講義>

猊下様大導師の下、1時間唱題の後、御講義を賜りました。
御講義のテーマとされたのは『秋元御書』と『新池御書』でした。
秋元御書は弘安3年、秋元氏が大聖人様に皿60枚等を献上した折、お礼の文として認められたお手紙だそうです。
大聖人様は献上の品の「器」という事によせて「器」を「心身」とみたてたわかり易い御指南をあそばされ、その内容について猊下様は解説して下さいました。
また、「謗国」のお話には正法たる我々の命と、その所依となる国土の関係について、改めて再認識させて頂きました。

次いで、新池御書では文中の「法華経の行者」とは、総じては我々の事であるが、別しては大聖人様の事であると教えて下さいました。
また「仏の十号」、つまり「十種の呼び名」についてお話され、その中の一つである「如来」というのは
「かくのごとく来れる人」
と読むのだそうです。これは衝撃的でした。
更に『如我等無異』→『我が如く等しくして異なること無けれ』。釈迦仏のような色相荘厳の姿ではなく凡夫身で即身成仏の叶う有難さ。
信ずるということの大事。「信心が仏教の根本である」として、天台が立てた六即の御法門を引かれ、正法を聞くという「名字即」から一気に即身成仏の境界へ至る事ができる有難さを私達に打ち込んで下さいました。

最後に折伏貫徹に向けたお励ましのお言葉は今回の夏期講習の中で一番心に残りました。
猊下様は「折伏には様々な形があるからとにかく色々と試してみなさい。だんだん何が良いかわかってくるから」と仰せになられました。
私が現在実践しているインターネットを介した破邪顕正、謗法を指弾し、正法を弘むという事も、歴史的に古くから行われてきた手法ではないため、いわば「試し」の段階であることは否めません。しかし猊下様よりこのようなお言葉を頂けたことは今回大変な励みとさせて頂きました。

<夏期講習会を終えて>

夏期講習会出発の前夜、菩提寺の御住職様よりその意義の一つを教えて頂きました。
それは、現在の御登山は基本的に日帰りであるが、実はそれは御在世より行われてきた本来の形式とは異なっているということです。
昔は車や電車などありませんから、大聖人様の下へ行くともなれば何日もかかることは必定です。
すると大聖人様の下へついたお弟子さん達はその日に帰るということはせず、何日かそこに留まって大聖人様に御給仕などを勤められた後下山するのです。
総本山に泊まり、連続した三時眼の御講義を受けたり、続けて唱題行をこなすという事は、慣れていない者にとっては正直、心身ともにきついです。「修行」ということですね。
今回、沢山の事を学ぶことができ、非常に良い体験をさせて頂いたと思います
[ 2014/07/24 21:36 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(2)

H26/7/19・20 夏期講習会(青年部対象)に参加しました。

夏期講習会は一泊二日で、終始「信心一色」という感じでした。
まず唱題行から始まり、次いで御開扉、客殿にて三時限の御講義、そして夜にも唱題行があり、深夜二時半からは丑寅の勤行。二日目は5時15分に起床し、御法主上人猊下大導師の下一時間の唱題行、最後に御法主上人猊下の御講義。という大変綿密で濃厚なスケジュールでした。

<御開扉>
私にとって4回目となる御開扉は今までの中で一番御戒壇様に近い席での参加が叶いました。
ために後方席が埋まるまでの間、かなり待ち時間があったので、極小声で唱題させて頂きました。
御戒壇様を御護りする奉安堂の重厚な造りと、更に念を重ねた二重扉、完璧な防災対策は日蓮正宗の御戒壇様を大事にする信心の顕れに他ならぬものと、いつもながら感動を覚えます。

<御講義>
一時限目は『御命題達成に向かって』と題した御講義でした。
内容は、折伏も大事だが、「育成」という事も非常に大事なのだという事が話の中心でした。
配布されたテキストより、御法主日如上人猊下の御指南を掲載します。

「入信なさった方々をできるだけ早くお山に連れてくることが大事なのです(中略)登山したならば、また御戒壇様にお目にかかったならば必ず変わるのです」(大日蓮H22/5 P45)

「折伏したらしっかりと育成する。どのように育成するかというと、折伏された人が今度は折伏できるようにするということが大事ではないかと思います」(大日蓮H24/4 P18)

このように御講義にて何をすべきか明確に示して下さると、私達の行動の指針も定まり、計画も立てやすくなると思います。
私は折伏が化他行だというのは勿論の事ですが、「育成」も化他行なのだという自覚があまりありませんでした。
御住職様任せにせず、能動的に行動に移していくことが大事だと思いました。

二時限目は破邪顕正の実践と題した御講義。やや教学的な内容でした。
大乗経は小乗経、実教は権経と何れも低く浅い教えを破し、法華経に至っては低く劣った全ての教えを打ち破る教えであり、このように釈尊の説法は破邪の精神で貫かれているのだと教えて下さり、次いで、今日の末法においては、日蓮正宗のみが破邪を実践する使命を担った団体なのだと教えて下さいました。
日蓮宗各派は破邪の精神を捨て、大聖人の弟子であることを自ら放棄したのです。
顕正会とても、これら各派と同じ穴の狢(むじな)であることは間違いありません。
顕正会は日蓮正宗を謗法の輩と叫びながら、教えの浅い外道各派に対しては我らこそ日本第一の教団とのさばり、一方で強いものには怖じ恐れるが如く、正宗に対してのみ破邪の実践から逃げる姿は正に畜生の所業であるというべきです。

そしてそのような冨士大石寺を詐称する謗法の教団は強く、弛(たゆ)まず指弾し続けていかなければならないと思います。
御講義の中で、人々を不幸から救い出し、成仏の境界に導くため、邪宗の誤りを指弾する破邪は絶対に欠かせない。「他宗教を非難すべきではない」という人は、破邪の大切さと必要性を理解していない。という事を仰せられ、さらに後に「邪宗邪義は破折しなければ滅びない」と、謗法呵責の大事を示されました。
御法主日如上人猊下も、
「邪義邪宗の害毒を徹底的に破折していくことが大切であります。創価学会をはじめ、あらゆる邪義邪宗は、私達が破折しなければ絶対に滅びないのです。それらの邪義が滅びなければ、日本の国も世界もけっして平和にはならないという原則を、大聖人様は既にお示しあそばされているのであります」(大日蓮H24/4 P18)
と、このように仰せであるとの事です。
最後、水島教学部長は、「さっき唱題をして、御講義があって、更にこの後また唱題があるんでしょう。ひざ、大丈夫ですか?何もこんなに厳しくしなくたって、バーベキューをしたり花火大会をしたりすればいいじゃないかと思うことでしょう。世間や他の教団なんかは皆そうです。なんでこんなに厳しくする必要があるのか。それは、青年部である若い貴方たちはこれから広布に戦う人材だからです。だから遊んでいる暇などないのです」と、このような大変優しいお言葉で強く励まして下さいました。(このお言葉は私の記憶違いで実際は若干の間違いがあるかもしれませんm(__)m)

最後の三時限目の御講義は「折伏早期貫徹の方途」と題した御講義でした。
情熱あふれる御尊師の講演に接し、皆が大変勇気づけられたことと思います。
やはり折伏に勇気ということは必要不可欠な要素であると思います。

<中庭の蓮が見頃を迎えていました。>

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次回、人生初となる丑寅勤行参加の感想と御法主日如上人猊下の御講義の内容と心に残ったことなどをアップしたいと思います

[ 2014/07/21 18:33 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(0)

樋田昌志さんが浅井会長へ二度目の公開詰問状

セロリさんのブログを見て知ったのですが、日蓮正宗法華講員である樋田晶志さんが浅井会長に対して「二度目」の「公開詰問状の送付」、及び「公開対論の申込み」をされたそうですね
該当記事はこちらから
一度目は顕正会、浅井会長側が無視して終わったそうですが、今回も浅井会長は無視する可能性が極めて高いと思います
遁走はほぼ決定的ですね。

「謗法を責めずして成仏を願はば、火の中に水を求め水の中に火を尋ぬるが如くなるべし」(曾谷殿御返事)

一分でも「大聖人の弟子」との自覚がおありなら、「無視」という選択肢はまず有り得ないと思います。
「道念」のカケラもないということですね。

顕正会側からしてみれば、日蓮正宗は「謗法」ということになるのでしょう。
謗法を呵責する精神なくして、成仏は叶わぬと大聖人様は仰せです。
この道理から考えれば、謗法を責めぬ顕正会では「成仏」は叶わない事になりますね。

総幹部会では、しばしば「成仏した」旨の登壇発表をする者がおりますが、
顕正会がもし、「謗法を責めなくても成仏が叶う」というのであれば、その事を裏付ける明確な文証を示し、論証できない限りは、そのような登壇は全て「作り話」と断定せざるを得ません。

顕正会員さんで良く「御金言通りの臨終の相を現じたという登壇発表」を引き合いにして会の正当性を主張する人がいますが、そのような者は今回の樋田さんの件をもって「恥を知るべき」だと私は思います。


[ 2014/06/18 00:15 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(0)

H26/6/11 近況

本日は近況について書かせて頂こうと思います。

最近の私は、仕事の面においては「残業三昧」の忙しい毎日となっております。
少し前の状況から比べると、1時間半~2時間程度、平均して残業時間が増加しています。

「体が大変」「拘束時間が長い」などといってはいられません。稼ぎたくても稼げない、仕事をしたくても仕事がないといった人が多いこのご時世、、「仕事がある」という事自体が大変恵まれていることであり、喜ばしいことなのでしょう

『さでをはすることこそ法華経を十二時(じゅうにどき)に行ぜさせ給ふにては候らめ。』

顕正会の様に「棚からぼたもち」風の御利益を求めて目の前の現実から逃避したりすることではなく、大聖人様が、そのままでいる事、そのままの自分の境涯から、眼前に与えられた仕事を精一杯こなすことが自身の仏道修行となる。と、そのような意味合いの事を仰せである以上、「仏様から頂いた残業」と捉え、今の状況に歓喜して、乗り越えていきたいと思うものです

その様な最中、次の群馬布教区の広布推進会にて、「広布の青嵐」の指揮を頼まれました

初めてにしていきなり「センター」をお願いされてしまいまったのですが、青年部長を差し置いて、さすがに図々しい様な気が致しまして、立ち位置に関しては現在、検討中です

出番は会合の終盤、仕事が終わってからでも時間的にはなんとか間に合いそうなので、指揮自体は有難くやらせて頂くことに決定。
という事で、昨日、歌に合わせて指揮の練習を行うため、菩提寺に赴きました。

そして、いざやってみると…
これが意外と疲れるんですね。
扇子を振る際、風圧がかかって結構重いので、腕と握力に結構な負担がかかります。
そして問題は、「ニコニコ顔」。多くの面前で緊張して顔がこわばってしまいそうです
なるべく楽しい事を考えながら、その場を乗り切ろうと思います

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それから、下の画像は先日購入した観葉植物。
その名も「ツルニチニチソウ」。
何やらとっても有難げな名称です。癒されます。
名は体を顕すので、もしかして仏縁の深い植物なのでしょうか?
梅雨が明けたら正念場、暑さに負けて枯らせないように頑張ります

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[ 2014/06/11 22:47 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(0)

H26/6/4 元顕正会員“ポポさん”の御授戒が叶いました!

5月28日に当ブログのメールフォームから私個人宛にメッセージを下さった。元顕正会員の“ポポさん”が昨日、御自宅の近くの日蓮正宗寺院にて無事御授戒を終えられました
最初にメールを頂いた時、ポポさんは既に顕正会組織を離れて1ヶ月程経過していたそうです。元々ご実家は日蓮宗(身延)であったそうですが、顕正会に関わった事で宗教の正邪について考えるようになり、インターネットで情報を模索していたところ、私のブログに巡り合った様です
できれば法華講に入りたいが、まだ知らない事が多いので不安との事だったので、一番は日蓮正宗の寺院を訪ね、本物の御本尊様を拝し、御僧侶と直接お話をされたほうが良い旨を伝え、「もしそれでも、いきなりお寺の門を叩くのに抵抗がある様でしたら、まずは私がお電話にて色々と説明させて頂きます」と伝えると、ポポさんはすぐに自宅近くの寺院を御自身で調べ、「明日にでも行ってみます」と仰いましたなんという求道心でしょう
しかし、お寺側の都合もあるため、まずは電話でアポを取る事をお勧めすると、ポポさんはその通りにされ、翌日の昼2時に御住職様がお時間を取って頂ける段取りとなりました
実は御住職様は、ポポさんが電話を入れた時、総本山の方に行かれていた様ですが、ポポさんからお寺に電話があった事を奥様から聞き、真っ直ぐお寺に帰宅されたそうで、その事を聞いたポポさんはとても嬉しかったそうです
更にお寺にて、本物の御本尊様を初めて拝した時は涙がこぼれたそうで、柔和で正直なポポさんの信心にこちらも胸が打たれました
そして、晴れて御授戒が叶った昨日、御授戒終了後のメールで「ミミさんのブログに出会えたからこそだと、感謝しています(^^)」と、大変有難いメールまで頂きました
道理がわからず、頑迷な顕正会員さんが大多数を占める中、それでも「自身がそうであったように」顕正会に疑問を感じていて、本物を求めている人、真実を知らずに苦悩に喘いでいる人が必ずいる!と信じ、ブログを続けて参りましたが、今回の件に至るまで、なかなか顕著な成果を得る事が叶わずにおりました‥。
今回のポポさんの一件は自身の努力が一分、報われた思いとなり、大きな励みとなりました
微力ながら、今後も自身の化他行の一貫として、記事を書き続けていこうと思います

ポポさん、本当におめでとうございました
[ 2014/06/05 21:19 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(6)

H26/5/18 入信して半年

久々の更新となりました。
私が顕正会から日蓮正宗へ移り、そろそろ半年が過ぎようとしています。
初めてだらけの日蓮正宗…。
御講を始め、様々な行事に参加が叶いました。御登山が叶いました。御本尊下付が叶いました。

その様な中で、最近になってようやく、徐々にですが、大きな勘違いに気付かさせて頂いております。

それは、御本尊様を大事に思う心です。

法華講員となって半年が経ったという事は、御本尊様と初めてお会いして半年が経ったという事。私の心田に仏に成る種が下されてより半年が経ったという事。
それまでは、下種を受けていない、三毒強盛の荒凡夫、ましてや御本尊様に矢を向けていた魔の眷属でした。

顕正会にも御本尊はあります。
敢えて「御」をつける必要もない、似て非なる極悪本尊です。
全く相妙が違うから、見てすぐ、簡単に理解できます。

しかし、理解にも浅深があるわけです。

顕正会に入ると、入信勤行の際に御本尊を見せられ、同時に戒壇の大御本尊様の存在を教えられ、これから毎日、遥かに拝み参らせ、恋慕渇仰することを教えられます。
ですから、顕正会に縁した時からずっと、御本尊様については「知っている」「いつも通じている」といった、自分勝手な思い込みをし続けていた事になるわけですね。

その様な大前提があり、生活の中に悪い事があれば「罪障消滅」、良い事があれば「功徳」、顕正会活動がうまくいかなければ「魔の働き」という勘違いが繰り返し、根強く、頭の中にインプットされていました。

ところが、騙されていた事に気付いた時、頭では「あぁ、全部うそだったんだな」と理解できても、インプットされた思考回路を変えていくにはやはりなかなか時間を要するものなんだなぁというのを、最近徐々に感じています。

要するに、顕正会の本尊と、日蓮正宗の御本尊様は本質的には全く違うにも関わらず、同じものだという感覚がなかなか拭えないものだという事です。

顕正会の信心があるという事は、どれだけ勧誘するか、または後輩を勧誘する人間に育てあげることができるかという事。
だから、勤行なんかしなくたって、きっと隊長にでも部長にでもなれます。

日蓮正宗の信心があるという事はどれだけ御本尊様を大切にできるかという事。

御本尊様を大事にする心です。御住職様が仰いました。「御本尊様を守るから守られる」のだと。

信心とは御本尊様を大事に思う心。

異流儀から宗門へ移った場合、なかなか「初めて」という感覚は持ち難いものですが、がむしゃらに形だけでも実践していく中に、だんだんと心根も伴っていくものなんだなと最近実感します。
なんだか上手くまとまりませんが、これから先もとにかく、益々に真剣な唱題を重ね、もっともっと謗法の「垢(あか)」を落とさなければいけないなと切実に思うものです。
[ 2014/05/18 16:43 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(3)

体験発表

本日、5月度の日蓮大聖人御報恩御講の後に開催された『支部総会』にて体験発表させて頂きました。

※ブログに掲載させて頂くに当り、若干、言い回し等において修正を加えさせて頂きます。

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体験発表

 私は平成25年11月30日、冨士大石寺を詐称する、邪教在家団体である「顕正会」を辞め、群馬県の日蓮正宗末寺において、晴れて日蓮正宗信徒と成らせて頂きました。
 顕正会に縁する前の私は、幼少期から中学生までの間においては、母方の祖父母が信仰していた関係で日蓮宗系の一派である「本門佛立宗」を信仰しており、中学時代は自分の部屋に本門佛立宗の教祖である長松日扇の作った曼荼羅を置いて崇め、日曜日の度に、私の郷里にある「本門佛立宗」寺院「本辰寺」に通っておりました。
 その頃の私は「本門佛立宗」を信仰する故の害毒か、大変な「虚弱体質」で、落ち着きもなく、学校に行くのも嫌で、生命力がなく、自営業で居酒屋を営んでいた父の店は倒産し、借金まみれで家庭内は常に殺伐としておりました。
 高校生・専門学生時代はというと、邪教の信仰からは離れたものの、あまり学校には行かず、放埓にして、担任の先生を困らせる事ばかりの、いわゆる問題児の様な存在でありました。
 そして私が19歳で専門学校を卒業した時、同じ学校の生徒であった顕正会員から勧誘を受け、宗教に無知であった私は、一度は断ったものの、しつこく勧誘され、結局は入会してしまったのです。
 ちょうどその頃の私は、親元を離れ、東京で友人と同居しており、仕事もロクにしていなかったので、興味本位で何かうさんくさいとは思いつつ、顕正会の活動を始め、気が付けば、いつの間にかのめり込んでおりました。
 罪障を積むとは知らず、友人、知人達を次々と勧誘し、顕正会を辞めるまでに本当に沢山の方達を顕正会のニセ本尊の前に案内してしまい、組長、班長という役職を命じられた時は、根拠のない使命感に踊らされ、すっかりと盲目になっておりました。
 顕正会というのは、知っている方も多いと思いますが、元々は日蓮正宗の一講中で、元の名を日蓮正宗妙信講と言いました。
 しかし後に、現顕正会会長「浅井昭衛」は、教義上の自分勝手な己義を、時の御法主上人猊下であった「日達上人」に主張し、日達上人が自分達の言い分を聞き入れてくれないと知るや、脅迫状まがいの文書を日達上人に対し送付したり、大石寺周辺をデモカーで主張を叫びながら周回したり、再三に亘る日達上人の御慈悲溢れる御指南にも応ぜず、遂に昭和49年8月、日蓮正宗より解散処分となりました。
 それよりは、勤行や、御書の名称の改変、戒名や塔婆供養まで廃止し、独自の教義を立て、終いにはニセ本尊の作成にまで手を染め、御法主上人猊下を口汚く罵る、大謗法団体へと成り果て、現在に至っております。
 会員活動の実態は酷いもので、幹部会員は無理な勧誘ノルマを課せられ、自らの名誉と保身の為に入信報告書と呼ばれる書類を偽造したり、体力・精神力ともに限界に達し、自殺した幹部がいるという話も聞き及んでおります。
 顕正会では、御戒壇様や大聖人様の尊さを教えつつ、徐々に浅井会長に対して「信」を立てるように、信仰心をうまくコントロールして、仏法にかこつけて、右翼の様な思想を植え付けられ、まるで戦時中の様な、浅井会長の為なら命を捨てるといった、狂信者・妄信者に育てあげるといった事が行われております。
 例えば体験発表などで登壇した時には、必ず最後に「無二の師匠、浅井先生に必ずやお応えして参る決意であります」という決まり文句を付けたり、浅井会長自身も、中国が攻めてくる等と、予言めいた事を言っては、終末思想を会員に植え付け、「もうすぐ日本は滅びる」と思い込んだ会員は将来に希望を持つことさえ許されません。
 私自身も、顕正会員時代はその様な思想に染まり、世間からは浮世離れし、気が付けば強引な勧誘をした友人達も皆去り、1人ぼっちになっておりました。
 更に幹部会員は下の者には冷たく、偉そうに生活まで「ああしろ、こうしろ」と細かく指示しておきながら、その後何のフォローもありません。
 活動の内容も年々酷くなる一方で、勧誘対象はホームレスが中心で、報告も形だけのものとなり、私は「大聖人様の仏法は素晴らしいけど、唯一正しき団体といいながら、この実態はなぜだろう?」と次第に疑問に思うようになっていきました。
 その様な中、顕正会では禁止されている、「インターネットで顕正会を調べる事」を始め、顕正会を辞めて、日蓮正宗信徒となった方の沢山のブログ等を閲覧するうちに、徐々に顕正会の誤りに気付き始めたのでした。
 特にそのブログの中でも、「セロリさん」の書く記事に心を大きく動かされ、直接電話して話すようになる中、散々悪口を聞き、植え付けられていた「日蓮正宗の悪いイメージ」が、徐々に氷解していったのでした。
 しかし、顕正会はほぼ間違いだったと理解してからも、師匠だと思っていた浅井会長に対して、情の面での執着が拭えず、日蓮正宗に移る事を躊躇しておりました。
 しばらくして、頭で考えても答えが出ないとの結論を得、御僧侶に会ってみたいと思うようになり、忘れもしない11月17日、思い切って群馬県にある日蓮正宗末寺の門を叩き初めて御住職様とお会いしたのです。
 その日はちょうど「お会式」の日で、法要が終わった直後、突然の訪問にも、御住職様は真摯に対応され、私の愚問の一々に答えて下さったのです。
 また、御住職様は日顕上人の直弟子であると聞き、今まで恐れ多くも日顕上人に大変悪いイメージをもっていた私は、御住職様の御慈悲、尊いお振舞に接し、その様なイメージはその場で氷解致しました。
 その日は「じっくり考えてから決めても良い」と御住職様は仰って下さり、帰りましたが、考えれば考える程、「御住職様の下で信心させて頂きたい」との思いは日を追うごとに増し、遂には11月17に行った日蓮正宗末寺の電話番号を調べ、自ら御住職様に御授戒を受けたい旨の連絡を入れ、11月30日、晴れて御授戒を受けさせて頂きました。
 顕正会の勤行は二座だけを読み、お題目を五分唱えるという独自のやり方で、非常に短かったため、五座三座の勤行を聞いた時は、「こんなに長いのか…」と思いましたが、ちゃんと御本尊様に通ずる勤行というのは非常に気持ちの良いもので、長さはさほど気にならず、顕正会時代は勤行が苦痛でしたが、今は有難くやらせて頂いております。
 また一月の支部総登山で初めて総本山大石寺へ行き、御戒壇様をこの目で拝する事が叶いましたが、大石寺に着くなり、今まで絶対に行かないと心に堅く誓っていたところに居るという事自体が不思議でならず、状況が良く呑み込めずにおりましたが、大石寺の美しさを見ると同時に、大石寺は「今は行ってはいけない謗法の地」であると私を騙し続けてきた、浅井会長に対し激しい怒りがこみ上げてきました。
 しかし、今は騙されていたこと自体も、過去世で自らが作ってしまった因縁だったのだと冷静に理解できるようになり、もっと自身の境界を変える為、罪障消滅を願うばかりです。
 そして、初めて御開扉を受けさせて頂き、顕正会員時代、早く広宣流布がきて、御戒壇様にお会いしたい!と思い、活動に没頭してきた事、その一々が思い起こされ、「今、自分は夢にまで見た御戒壇様にお会いできている。日蓮正宗に移れて本当に良かった」と、心の底から歓喜がこみ上げました。御戒壇様のお扉が開いた瞬間、涙が溢れて止める事ができず、前半は全く読経すら出来ませんでした。
 日蓮正宗信徒となった今、強く思う事は「世法即仏法」との腰を据えた信心を常に心がけ、世間からも認められる様な人材となり、御命題成就、広宣流布のお役に立たせて頂きたいと思います。
 
ご静聴有難うございました。

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本文の中で太字・赤字で強調させて頂きましたのは、私が日蓮正宗に移る一番大きな動機となった部分だからです。世間でも『百聞は一見に如かず』といいますが、いくら顕正会の誤りに気付けたとして、その後日蓮正宗の事が気になっていたとしても、実際に仏・法・僧の三宝に縁してみなければ、本質的に何かを感じ取ることは到底でき得ません。「どうせ末寺に行っても得られるものは何もない」と決めつけたり、また臆病心、怠け心に負けて求道心を実際に行動にあらわしていかなければ、道は閉ざされたままになってしまいます。
もし日蓮正宗寺院に行ってお話を聞いてみたいという事であれば、一度電話番号を調べて、連絡を入れてからの方が望ましいです。そうして頂ければ、末寺側としてもきちんと応対して下さるはずです。

日蓮正宗寺院一覧はこちらから

とはいっても、いきなり宗門末寺の門を叩く事には抵抗があるという方。現役顕正会員の方、顕正会活動を離れ、
日蓮正宗の事を知りたい方に関しては電話でもご相談も承らせて頂きます。
微力ながら、少しでもお役に立てれば幸いです。

『ミミ』への連絡先はこちらから
[ 2014/05/11 20:58 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(0)









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