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入信報告書偽造

この記事は「こちら」へ移動しました。お手数ですが、リンクを踏んでお進みください。
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顕正会 本尊 5

宗門史において御本尊を時の御法主上人以外の者が書写・作成し下附をした、という事実が只の一度もなかった事。
堀日亨上人の「富士宗学要集」の「有師化儀抄註解」文中の一節を文証としてここに掲載させて頂きます。

『有師斯(か)の如く時の宜しきに従ひて寛容の度を示し給ふといへど、しかも爾後数百年宗門の真俗能く祖意を守りて苟(いやし)くも授与せず書写せず・以て寛仁の化儀に馴るゝこと無かりしは、実に宗門の幸福なりしなり』


その他文証は顕正会 本尊 6へ

顕正会 本尊 4

大聖人様は『本因妙抄』に
「此の血脈並びに本尊の大事は日蓮嫡々座主伝法の書、塔中相承の稟承唯授一人の血脈なり」と。
御本尊の御事は全て唯授一人の御法主の掌中にあるのであって、他の誰人であれ、時の御法主上人を離れて、勝手に御本尊を作ったり授与したりすることなど、絶対に許されないのです。

また『木絵二像開眼供養之事』に
「法華を心得たる人、木絵二像を開眼供養せざれば、家に主のなきに盗人が入り、人の死するに其の身に鬼神入るが如し。(中略)法華を悟れる智者、死骨を供養せば生身即法身なり」
「法華を悟れる智者」の開眼供養によってはじめて草木の曼荼羅も仏の御生命と顕れることが明らかです。
では「法華を悟れる智者」とはどなたかと言えば、第三一世日因上人の御教示には
「木絵の二像は本草木にてあり。しかるを生身の妙覚の仏と開眼したもうことは、大事至極の秘曲なり。日蓮聖人乃至日因に至るまで三一代、累を乱れず相伝これなり」と。
大聖人の悟りを相承される御歴代上人こそが、その御方に当たるのです。

ここに、
御本尊は御法主上人が開眼供養され下附されたものでなくてはならない文証。

そして、
この正しい御本尊下附の因なくしては、果として功徳を生じない道理を示しました。

この裏付けがあって初めて本物の現証として成り立つのです。

顕正会の功徳らしき現証はみな『魔の小利益』だということですね。
ニセ本尊を拝んでいては絶対に成仏は叶いません!!

1人でも多くの顕正会員が一刻も早く日蓮正宗に帰依し、本物の御本尊様の前でお題目を唱えられるよう願っております。

顕正会 本尊 5へ

顕正会 本尊 3

では御本尊様に関して良く教わった事のない顕正会員の皆様に少し説明致します。
「常住御本尊」とは、御本尊様に授与書、即ち「願主○○」と授与された方の名前が書かれています。
「導師曼荼羅」とは、同じく授与書があり、葬儀にその御本尊をお供してお経の導師をされる「◇◇山○○寺住職△△」というように、寺院に下附されますので、その寺院の僧侶の名前が書かれています。
ということは、
個人に与えられた「常住御本尊」や「導師曼荼羅」は直筆ですので、「形木」というものは無いということなのです。
これらの御本尊に御形木が有るとなれば、誰かが「御形木」にしたということで、複製を作ったということなのです。
今様にいうならば、そっくりな物の数を増やす為にコピーをしたと言うことで、単純な製法による偽物です。
実際にネット上などでも闇取引的な感じでそっくりなニセ本尊が出回る事もるそうです。
しかし!
そっくりなんです!顕正会の本尊は!

創価学会は御本尊を自分のところで印刷している事を認めているようですが。

なぜ浅井会長は創価学会のニセ本尊を責めないのでしょう?

答えは浅井会長自身も同じ事をやっているからなのではないでしょうか

そう疑われても仕方がないですよね。御本尊を勝手に印刷するなんてそれこそ大変な事です。

「え!?だめなの?浅井先生にはその権利がある」なんて今更言わせません。

理論書のP68には
『日向・日頂等は御本尊の尊厳がわからなかった為に、大聖人御直筆の御本尊を「形木に彫む」すなわち版木におこして印刷し、それを信心もない輩に軽々しく授与していたのである。まことに不敬の至りである。』と。

69Pには
『近年本宗において、信徒の増加にともなって、やむなく信心決定するまでの暫定の仮本尊として、形木御本尊(印刷された御本尊)が下附されるようになった。』
と会長自ら最近始まった事を認めていますね。

つまり御形木御本尊は近年の御法主上人のものしかないということを会長自身認めていますし、相伝のない者が勝手に御本尊を印刷して使う事は不敬の至りだと自ら言っているのです。

わかりましたでしょうか?授与書きのない日寛上人や日布上人の御形木御本尊など存在しません!
あるとすれば、常住御本尊の授与書きを削り、印刷したものだということですね。

しかし顕正会員の方は言うでしょう。というより私が顕正会員ならこう反論します。

「もう時が来ているのだから、古いしきたりなんかどうだっていいんだ。事実『一切は現象に如かず』で私たちは沢山の功徳に溢れている!これこそ顕正会が御在世の信行に立ち返り、大聖人の御心に叶う仏道修行をしている証拠ではないか!御本尊様が本物な証拠ではないか!」

はい、
そんなに御在世とか、富士大石寺の源流とかいうのなら、御本尊に関する、大聖人様の御金言や歴代御法主上人の御指南を文証として拝してみましょう。

因みに邪宗でも癌が治ったとか、不思議な功徳のような体験が沢山あるんですよ。
理論書の296Pに『所詮、正しい道理と文証に裏付けられぬ現証はごまかしに過ぎない。ゆえに唱法華題目抄には「但し法門をもて邪正をただすべし、利根と通力とにはよるべからず」』とあります。

なんでも現証で事を済ませようと思っている顕正会員の皆さん。この浅井先生の御指導を心肝に染め、顕正会 本尊 4へ進もうではありませんかっ!!

顕正会 本尊 2 

まず『大幅の日布上人御書写の御形木御本尊』と『大日蓮華山脇書の日布上人御書写の導師曼荼羅の御形木御本尊』などこの世に存在し得ない御本尊なのです。
無論私、この世の全ての御本尊を確認して回った訳ではありませんが。これは宗門の御僧侶方が口を揃えて仰る事ですね。

なぜなら日蓮正宗においてこのような御本尊を下附した事実はないからです。

時は遡りますが、江戸時代辺りの話で、当時何れかの御法主上人が大石寺から遠く離れた(離島等)末寺では御本尊下付が難しかった為、一時期、御本尊を書写・下附する権限を猊下が末寺住職に対して与えた事があったそうです。しかし結局、御本尊は末寺で一度も作られる事はなかったのです。御本尊が宗門史において御法主上人以外の者に作られた事が只の一度もないというこの事実を堀日亨上人が言及されておられるのです。

それだけ御本尊に関しては、時の御法主上人の権限のもと、清浄に保たれてきた歴史があるということです。

また前記事でも引用させて頂きましたが。

平成11年4月25日『顕正新聞』
「ここに、松本尊能師は、妙縁寺に所蔵するところの歴代上人御直筆御本尊七幅、それから日寛上人の御形木御本尊、並び日布上人の御形木御本尊を多数用意して下さったのであります。」

この、『妙縁寺に所蔵するところの』の発言は大変重要です。
これは松本氏個人所有の御本尊ではなく、寺院に代々伝わる御本尊、寺院所有の御本尊を勝手に浅井会長に手渡したということになります。
まさに公私混同した振舞であり、犯罪にさえ当たる行為ではないでしょうか。

このような手段で手に入れた御本尊を顕正会員は有難く拝めるでしょうか?

しかし顕正会員は言うでしょう、というより私が顕正会員ならこう反論します。

「顕正会が宗門と繋がっていた時に頂いた御本尊なのだから、御守護で手に入ったのだ。宗門は御遺命をなげうったのだから本来御本尊をもつ資格などないのだ!顕正会は御遺命を護り奉った功徳で不思議と当時その様な流れで御本尊を大量に頂く事が叶ったのだ!日布上人の御形木御本尊だって、浅井先生がこの世にない御本尊をあるなんて仰る訳がない、堕落した坊主と1人御遺命を死守せられた浅井先生とどちらの言葉に説得力があるか。所詮、不敬の御開扉を…ワーーーーーーーーーー…………!!!!」←(もうマシンガンの様に止まらない。特に婦人部)

ハイハイハイハイ!わかりました!わかりましたから一旦落ち着いて。
それでもまだ洗脳が解けませんか

それでは顕正会 本尊 3へお進み下さいませ。

顕正会 本尊

昭和60年3月15日『顕正新聞より』
「顕正会で護持している御本尊は、すべて日蓮正宗妙縁寺住職・松本日仁尊能師より授与され、私が護持申しあげてきたものである。(中略)妙信講に解散処分が下された時、私は松本尊能師に将来の広布推進の為、御本尊を大量に御下げ渡し下さるよう願い出た。松本尊能師には私の意を良くお聞き下され、自ら護持されていた大幅の常住御本尊七幅と、日寛上人書写の御形木御本尊数百幅を私に託して下さった。この七幅の御本尊とは二八代日詳上人・五四代日胤上人・五五代日布上人・五六代日応上人・六十代日開上人・六四代日昇上人等の歴代上人書写の御本尊であり、このうちの日布上人書写の御本尊が高知会館に御安置されたのである」

上記の昭和60年発言により、浅井会長は松本氏より、


大幅の常住御本尊…日詳上人・日胤上人・日布上人・日応上人・日開上人・日昇上人等の歴代上人七幅
御形木御本尊…日寛上人数百幅


託された事になります。

しかしその後の平成11年4月25日『顕正新聞』

「ここに、松本尊能師は、妙縁寺に所蔵するところの歴代上人御直筆御本尊七幅、それから日寛上人の御形木御本尊、並び日布上人の御形木御本尊を多数用意して下さったのであります。」

とあります。14年前の昭和60年にはなかった「日布上人の御形木御本尊」は一体どの様に手に入れたのでしょうか?

更にその後、平成15年2月15日『顕正新聞』

「また顕正会で格護する日布上人・日昇上人の四幅の導師曼荼羅について等、大事な指導を長時間にわたってなさ
れた」

とあります。4年前の平成11年にはなかった「日布上人・日昇上人の導師曼荼羅」は一体どの様にして手に入れたのでしょうか?

それから更にその後、平成19年10月5日『顕正新聞』

「ゆえに私は、将来大規模な広宣流布の戦いに備えて、地方会館に安置し奉る大幅の日布上人の御形木御本尊と、自宅拠点に懸け奉るべき日寛上人の御形木御本尊を、松本尊能化にぜひ用意してくださるよう。敢えて願い出て、これを授与して頂いたのであります。このとき更に松本尊能化は『大日蓮華山大石寺』の脇書がある導師曼荼羅の御形木御本尊まで、六幅授与して下さったのであります」

とあります。

今度の発言では「日布上人の大幅の御形木御本尊」「大日蓮華山脇書の導師曼荼羅の御形木御本尊六幅」増えた事になります。

わかり易い様に最初の昭和60年に所持していた御本尊を『赤』その後増えた御本尊を『青』。で書きました。年数が経つと本尊が増えるという顕正会。浅井会長はどのような手品を使って本尊を増やしているのでしょうか?

顕正会員は言うでしょう。というより、私が顕正会員だったときならこう反論すると思います。
「浅井先生は最初から所持している御本尊を全て明かさないで、時に応じて徐々に私たちに公表して下さっているだけだ!増えているわけではなく初めから持っていたのだ!」

はい、浅井会長の『二枚舌』を『先生の御慈愛』と信じて疑わない可哀想な顕正会員の皆さん。
「私もそうでした」
その様な方は続いて顕正会 本尊 2へお進み下さいませ。



顕正会 活動


これが顕正会の活動の実態!

顕正会 カレー屋の戦いとは(ミミのWikipediaより)

<概要>
来日してカレー屋を経営する、またはそこに雇われた「ネパール人」を顕正会に入会させる事で、法戦の勝利、誓願(勧誘目標数)の達成、突破を目的とする勧誘活動の一環。「ネパール人」は絶えず来日しており、彼ら同士における、いつ、誰が来日するかといったネットワークが存在するが、そのネットワークをカレーを食べに行く事を引換条件として共有し、それを元とした情報に則り、日本全国飛び回って彼らを片っ端から入会させる。彼ら「ネパール人」はあまり宗教へのアレルギーがない事や、日本語が堪能ではない為、会への説明があやふやなまま半自動的に顕正会館へ連行されるケースが多い。毎法戦で安定的に数十名の成績を得る事が可能となる。

<この活動を主とする組織の傾向>
重要な邦人会員が育たず、成績はネパール人に委ねられる為、組織はカレー屋の戦いへ依存していかざるを得なくなる。そして法戦に勝ち、顕正新聞の上位成績一覧の上の方に組織名が掲載され、「一分なりとも先生にお応え出来た」感が組織全体に漲る。その事により本人達は「隊の起爆剤」「先陣部隊」の自覚を得る。しかし、来法戦にはその成績を基に更に高い誓願が設定される為、依存に拍車がかかる。


<実績>
定かではないが、私の元所属の支隊だけで一法戦30名程カウントしていた。他組織でも数十の聞えがあった為、毎法戦百名以上のカウントは疑いない。
累計でみれば数千から万単位に上ると予想される。しかし、この戦いは飽く迄、誓願達成の手段である為、結集(ビデオ放映参加や集会の参加)への繋がりは皆無である。

<他組織への影響>
成功すれば一度に数十名の成績を得られる事から、従来の難易度の高い邦人勧誘から逃避し、活動方針をこの「カレー屋の戦い」に方向転換をする組織が後を絶たない。


<この戦いにおける意義>
ない。
只、時間と労力を無駄に消費するだけである。

広宣流布まであと6年!

最近、浅井会長は2020年台こそ広宣流布の決戦場だと常々仰っております。一番近いところで平成25年11月26日の講演でも「さあ、大事の20年代を見つめいよいよ明年から…」とあります。ということは一応2029年12月31日まで猶予があるということになるでしょう。
しかし!部長以下の幹部が皆口を揃えて、「広宣流布まであと7年!」と指導しているのは如何なる事でしょう!?
年が明ければあと6年…。
京都会館御入仏式で3年後に1万人の近畿大会とか言ってる場合じゃないでしょう。
私は今年の隊集会でI部長が「広宣流布まであと7年!」と指導しているのをハッキリとこの耳でお聞きしましたよ!
友人もK婦人部長がハッキリと断言していたと聞きました。

部長以下の幹部が皆、己義を構えてますよ!浅井先生!
どうか指導の程、宜しくお願いします!

顕正会 支隊長

これは私の元班員と支隊長の電話での会話のやり取り。(元班員に聞いた話による再現です)

元班員「いや~支隊長。最近こうであーなんですよ。」

支隊長「うーん」

元班員「それであーでこーで」

支隊長「うーん」

元班員「だから自分的にはこーであーで」

支隊長「うーん」

元班員「…」


支隊長「うーん」

元班員「いやぁっっ、支隊長聞いてますっ!?」

支隊長「ん!? あーごめんごめん。」

支隊長は私の話も良く聞いてくれましたが、自分の意見というものをほとんど言ってくれた事はありません。

以上。

折伏理論書

顕正会の折伏理論書P266~267より。
「血脈は断絶せず」
ただし、たとえ御相乗授受の儀が一時的に欠けたとしても、日蓮大聖人、日興上人、日目上人以来の血脈は絶対に断絶することはない。御相乗の法体たる戒壇の大御本尊は厳然とましまし、その御内証を伝える「金口の相承」も微動もしない。金剛不壊である。ゆえにもし御遺名を堅持して大聖人の御心に叶う貫首上人が出現されれば、たちまちに血脈は蘇る。いわんや広宣流布の時には、前生所持の日目上人が御出現あそばす。ゆえに少しの憂いもないのである。


ん?
ちょっと内容が難しすぎて頭の悪い私にはどういうことなのかサッパリ…
つまりえ~と…顕正会は日淳上人から日達上人への相承は認めておられる様なので、既に御遷化された日達上人が蘇生し、どなたかに相承されるのですかね!?
それとも前御法主上人がいらっしゃらないのにいきなり新御法主上人が登場されるのですか?でもそれじゃあまたそれこそ相承の「受」の儀がない事になりますし、その「受」の儀がない日顕上人は偽法主だというのが顕正会の主張でしたね。
「血脈は断絶する事はない」。途切れていない血脈に「蘇る」という表現は一体…?

曽て私は支隊長に「今、血脈は何処へいってるのですか?」と聞いたら「わからない…」と言われてしまったもので。顕正会員の方、どなたか解り易く説明して頂けますでしょうか?

え?顕正会が御遺命を守護し奉ったですって?
あ、得意の「誑惑の正本堂が音を立てて崩壊したではないか!」はなしですよ!理論書の296ページで「所詮正しい道理と文証に裏付けられぬ現証は、ごまかしに過ぎない」と浅井先生が言ってますからね!
ごまかさないで下さいね。先生が金属バット持ってぶっ壊したわけじゃあるまいし。顕正会の諌暁とか関係ないと思うんですよ私は。
あと、「異例の認証」とか持ち出してくるのも勘弁して下さいね。
試練と忍従の歴史のP15には「異例の儀式」とありますが、実際はただ認証状を貰っただけですもんね。しかも日蓮正宗法華講としての認証であって、解散処分下った今となってはもうその認証は何の意味ありませんよね。

浅井先生は元はただの在家信徒で、それ以上でもそれ以下でもないって事ですよ。

もっとも今となっては、御立派な教祖様ですが。(怖)









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