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特に酷い 顕正会婦人部の実態

顕正会三者の中でも、特に婦人部における指導・活動の内容は酷過ぎます。

私は男子部でしたので、あくまで聞いた話ですがその実態を暴露したいと思います。

以下。

●あと6年で広宣流布するので、毎年年末に行われる“広布御供養”もあと6回しかできない。なので、各個人の経済状況は厭わず、全員で上限の8万円の供養をすることを徹底している。

●とある婦人部班長のAさんは、あと6年で広宣流布するので、仕事を辞めて、現在住んでいるマンションも引き払い、低家賃のアパートに引っ越せと指示した。(Aさんは中でも活動を頑張っていた方ですが、そのことで大変なショックを受けて以来、顕正会の活動から遠のいているそうです。)

●第○婦人部長が班長を飛び超えて末端の会員に対し、勝手に顕正新聞の推進を行い、とれた部数分の代金を強制的に班長に請求。班長は仕方なく肩代わりしたが、ほとんどが返ってきていない。


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Uさん 修羅魔王への諌暁のメール

顕正会時代班長であったUさんは、先日私の紹介で御受戒が叶い、現在現役顕正会員をバリバリ折伏しております。
その真面目で信心純粋なUさんが法華講へ移る前、顕正会の誤りに気付くきっかけとなったのは、上長であったT総支隊長補(以下総補)の微塵の慈悲も感じられない、Uさんに対しての冷酷な対応。悩みや意見に対し、全く関心もなければ相手にもしないといった増上慢の態度。信心のカケラもない、人としての道徳のカケラもない、組織の上長としての責任のカケラもない所業でした。Uさんは信心をもって、その言動を糺す事を要求。またそれができないのなら組織の移籍という事を訴え続けたのですが、上からの答えは結局“放置”でした。

顕正会がいかに上辺だけを飾り立てている腹黒い団体であるか‥。

しかし実際にそれをやらせているのは、部長や理事室の者ではない。会員に伏せ拝をさせ、神格化し、会の規則・教義の一切の決定権を掌握する、会員にとって人の本尊。“浅井会長”なのです。

私は敢えてここに、Uさんから当時隊長へ送信されたメールを本人の許可を得た上で“ほんの一部だけ抜粋して”掲載させて頂き、顕正会組織の真相を生の体験談として公開したいのです。

とことん上長と向き合われ、戦われたUさんは本当に立派です。このような気骨ある人材を切り、都合の良い操り人形だけで上層部を固めるといった組織体制では、会の崩壊は時間の問題と思えます。

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“12/10/隊長へのメール”

あの三人の話し合いの後、普通に問題が解決していれば解り合って仲良くもなるものですね。
 しかし、彼は何一つ語ってません。詐りの親しみの鎧のまま。私も彼には何も言う気になりません。
 その後の彼の様子、自分は班長に何も無く“U”班の後輩にメールで報告させる手口、傀儡S副長の言動や態度からも総補とどのようなやり取りが陰で為されているかは明らかです。
○修羅・畜生の特徴
・自分のことしか考えてない
・自分を偉そうに見せることに関して天才的。特に力や顔で相手をねじ伏せるのが得意。闇の根回しが得意。
・逃げることは得意中の得意。
・一人に言うべきことも「支隊メール」として全員に一気に知らしめる。(心無い修羅メール)
・手口として常に下品の善心としてメールで人を操り繋いでおこうとする。
・基本的に自分以外の人は信心が全く無いと勘違いして止まない。耐えざれば無理矢理にでも人を下す。
・俺のものは俺のもの、お前のものは俺のもの、みんなのものは俺のもの。
●後輩が自分の思い通りになる環境条件から少しでも違う状態になろうとするとすぐスネる、愚痴だらけになる、あっという間に捨てる。そしてそれに変わる人を欲しがる。天下一我が儘男。殿様。針の穴ほどしか無い器。

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“12/11/隊長へのメール”

班長って何ですか?
修羅魔王(総補)は「班長は罪障消滅」と言っては自ら班長に対し邪険に扱っている気がします。
月曜報告もまるで子供の信心ごっこ(悪い遊び)みたいでバカらしくなってます。何の為にやっているのかまるで分かりません。
何か説明して下さることがあれば有難いです。しかし、仏法を知らぬ世間でさえ、既にやった後から説明を要求されることなど普通は無いもの。そうやたらと不審なマネはしないものです。彼の修羅の心は様々な災いの素です。
何年か付き合ってきて言えるのですが、彼には自分を顧みることは無理。何としても自分は絶対に正しいと思い込むのが「鋼の信心」「絶対信」「御奉公」「強き信心」だと思っているのだと思います。
私は無顧の彼はもうどうでもいいです、ただ、隊長が現れるまで、彼のそれを知って黙認する大幹部が悲しかったです。抱え込まずにちゃんと言う罪無き者が言いくるめられて泣き寝入り。
 顕正会が本当に嫌になる前に正常な支隊に移籍お願いします。

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“12/20/隊長へのメール”

昨夜はお会いできて話が聴けてよかったです。
壇上で有難い参加でした。
 なのに残念なのですが、総補にはもう何の用もありません。昨日も不審な態度で平気で私に話しかけて、わざと何が言いたいのか全く分からない話し方をして、まるで嫌がらせ作戦のようでしたが、いい加減にしないと大罰を招くと思います・・ 悪いことをやっていると人間こうなるんだなぁと思いました。
【彼はまだ毎日私に隠れてN組長に電話してます。】
泥棒猫が泥棒猫でなくなることは有り得ない、再びよく分かりました。
彼も信心してきた人だし、もしかしたら隊長が「“U”にはテキトーに謝るフリだけしておけばいい、“U”にはこれまで通り内緒でN組長には電話したり会ったりすればいい。」と指導してるのではないかとさえ思わざるを得ない状況です。なぜなら隊長が総補に何も注意してないのか、私にも何も無いし、要するに証拠、【何一つ治ってない】です。普通は人が一生懸命に悩んで迷惑を被ってること、「あの後どうですか?総補の悪癖は治りましたか?“U”班長には愛情ある接し方をするようになりましたか?メル友ではなく直接指導はありますか?」等、確認するものです。誠意ある大人なら。
 もうどうでもいいですが、支隊の移籍をお願いしたのに、隊長の言うことを総補は全然聴いてないのに、眼中に無いかのような隊長にも失望しました。
私が支隊の移籍という有り得るはずのないことをお願いするというのはそれなりによほどのことなのです。もう結構ですが。
これがお二人の証拠ですね
(^-^)
 お父様に聴いて頂ければ分かると思いますが私は一応は大人ですので、子供騙しはご遠慮下さいね。

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“12/20/隊長へのメール”

畏れ多くも生意気ですが、隊長も「嘘つき」の疑惑が生じそうなので一応人生経験の長い私から言っておきます、あまりいい加減なことは言わない方がよろしいかと思います。実際、隊長が総補にどう厳重に注意し、どう指導し、どう糺されたというのでしょうか。あのガストの時、隊長は急いでいましたね。早く帰りたいから手っ取り早く済ませて片付いたことにしてしまおうという気を感じてました。大人の常識です、あの場は隊長が総補に問いただし、総補がしっかりと改悔すべきことを述べる場だったのですが、隊長はそのどちらも省いてしまったので、全く意味無いものになりました。私は隊長のことを信用し、顔を立て、一応は安心したフリをして期待しました。しかし、結果は、隊長の心のままでしょうか。

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“12/22/隊長へのメール”

速やかに“U”班を他の支隊へ移籍お願いします。
 顕正会がまるでメル友の会のようで嫌なので、軽々しいメールは控えて下さい。現在、既に総補から一方的に送られてくる心無い支隊メール以外に何の付き合いもありません。企業のダイレクトメールと同じです。私はメール会員になった覚えはないのでお断りします。
【○月○日より“U”班は~支隊に移籍となります】の真心をお待ちしてます。
もう心無い人に用はありません。
 二人の間に魔が働いていると言って安心させておいて、しっかり内緒で組長に直接闇のやり取りをさせて隠している。謝ったフリだけさせて、今度は平気で露骨にやるようになる。
 酷い幹部だと思いました。

このブログを訪れた顕正会員へ初めに伝えたいこと‥

顕正会員さんがこのブログを訪問されたという事は、現在顕正会に対して何かしらの疑問が生じていることかと思います。
組織の上長に対してでしょうか。会長先生に対してでしょうか。それとも顕正会の御本尊に対してでしょうか?

当ブログの記事の中に釈然とするような答えが見つかるかどうかはわかりませんが、少しでも貴方のお役に立てれば幸いです。

まず初めに、当ブログは単に顕正会を誹謗・中傷するために立ち上げたものではないという事をお伝えしておきます。

顕正会に対して、単に恨みやつらみの根性だけで書いているということではありません。
ブログの趣旨は「事実」をお伝えすること。また顕正会から日蓮正宗に移って素直に感じた事を綴っているだけです。

根も葉もない、事実無根の情報を垂れ流すつもりはございません。
できる限り根拠を求め、信憑性を重視した記事の投稿を常に心掛けております。

記事の内容に間違いや、異論、反論、お気づきの点等がありましたら、コメントやメッセージにてお知らせ頂けると、運営上非常に助かります。

コメント入力の際には「非公開」を選択して頂ければ、こちらとしても連絡先個人情報を特定することは不可能ですから、プライバシーの問題に関しては気になさらずとも結構です。

では、本題に入っていきたいと思いますが、まず貴方は、

『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ』

という格言はご存知でしょうか?

顕正会は元来、日蓮正宗の一講中でした。発足は精々50余年前でしょう。
しかし日蓮大聖人の仏法というのは、顕正会が発足する以前から存在しています。
顕正会の歴史(試練と忍従や御遺命守護の戦い)というのは、取りも直さず浅井先生の経験談に他なりません。
それは日蓮正宗の歴史の大局から見れば近年のほんの一部分に過ぎません。
700年以上前の御在世以来、連綿と続く正系門家の長い歴史の中のほんの一部分に過ぎないのです。

何に関しても、そのことについて深く思索しようとするならば、必ず「歴史」という材料が必要不可欠となるのではないでしょうか?
正系門下伝統の化儀や、顕正会では知り得ない沢山の御書、それらの述作の背景、等々。
真の求道心あらば、知りたいと思うのは当然です。
逆に、もしそれらを敬遠し、「浅井先生の経験」からでしか仏法を見いだせないのであれば、
そのような人を指して「愚者」というのではないのでしょうか?

前置きが長くなりましたが、これよりは自己紹介も兼ねて私の顕正会時代の活動から日蓮正宗法華講に移るまでの経緯をざっくりとお話させて頂きます。

私は平成18年4月に現在の東京会館において女子部の方の縁で顕正会に入信しました。
当時は半ば騙された様な形での入信でしたが、その後は上長より折伏理論書を通し、仏法の道理や日蓮大聖人在世のお振舞について諄々と語ってもらう中に、自然とこの仏法に興味を深めていきました。

自身の思いのまま、活動に身を投じていくと、間もなくして男子部へ移籍となり、その後一年余で班長辞令が下りました。

それより脱会までの六年間、幹部会員として自分なりに精いっぱい御奉公を貫きました。

折伏や班員指導となれば、北は岩手まで飛び、南は千葉の南房総まで、幾度も足を運び、身を挺してきました。

約七年間の活動を通して七十名近くの友人・知人・親戚等を顕正会へ入信させ、登壇発表の場も五回程頂きました。

数々の上長さん達にも人道的に大変お世話になりました。私は辞めるまでに五回の隊の移動がありましたので、その分沢山の顕正会員とのご縁がありました。

同志の皆様と過ごした日々は今生人界の良き思い出です。

では次に、法華講へ移った経緯について、当時の心中を交えながらお話したいと思います。

顕正会活動の最中、「功徳」を思われる不思議な出来事を体験することもしばしばありましたが、実際には一進一退を繰り返すばかりで、「功徳で良くなっている」と人に堂々と話せる状況に至ることはありませんでした。

しかしそういった懐疑的な要素は全て「煩悩障」として自己正当化を図り、活動のモチベーションを維持していたと思います。
奥底にある疑念を押し殺し、真剣に御本尊様に祈る強き信心と御奉公に体をぶつけていくことで、どん底からの起死回生を期待していました。

その当時の私を顧みれば、自身の置かれた生活状況を客観視できない、常に結集や後輩指導に気を取られて精神的に余裕のない、他の正当な意見(家族であっても)も聞き入れることができない。そんな状態であったと思います。

そんな頑迷な私が、顕正会と建設的に向き合う運びとなるお膳立てをしてくれたのが、大河ドラマと、当時所属していた組織の皆様でした。

大河ドラマ?と思われるでしょうが、それは人の道徳心や、なによりも歴史を学ぶ事の大事を再認識する良き材料になったのでした。
近年の三作品を一気に視聴しました。一作品50話編成で一話が約1時間ですから、かなりの時間を費やしました。
顕正会活動と仕事に全ての時間を奪われ、俗世間との溝が深くなってしまっていた当時の私にとって、それは大変有意義な時間でした。

まぁ…、その分顕正会の活動に充てる時間が減少したということも脱会を決意する要因となったのかもしれませんが。

組織の皆様のお蔭というのはどういうことか。
端的にいえば、「信心の欠片もなく堕落した組織」の実態を目の当たりにしたという事です。

諌暁書配布と称して公園の散歩。組織の中で信心の話が交わされない。折伏成果の9割以上がネパール人。
特にこのネパール人に関しては、支隊自体がその専属の組織というスタンスで、日本人をメインとしている班は私の班のみでした。
しかし、大量のネパール人が入信しているにも関わらず、重要な「有難い展開」の話を耳にしない。会合でも姿を見せない。
数のみに囚われた「その場しのぎ」の戦い。
このような形を先生が望まれてはずはないと思いました。

更には浅井先生の指導内容と、その下の組織で実際に行われている指導や活動の内容が矛盾していること。
そのことが後に顕正会や浅井先生自体への猜疑心に発展していく大きな契機となったのでした。

例えば、“家庭の宿命の氷が溶け、一家で歓喜の語り合い”との記事は顕正新聞ではよく見かけますが、婦人部では家族で信心の話をしてはいけない、と指導している事。
“自他彼比の心なく水魚の思を成して異体同心”と指導しながら、実際は横の繋がりは禁止されており、縦の関係しか認めない事。

こういったの類の質問は、いくら上長に詰問したところで話をはぐらかされるのみで一向に建設的な会話とは成り得ません。

『師子王は百獣にをぢず師子の子・又かくのごとし』です。
筋の通らないことを黙視していては「不忠である」ということは、浅井先生は常に教えて下さっていました。

つまり彼らは“師子身中の虫”ではないのか?

浅井先生の御指導の通り仏法を実践していないのであれば、是正していこう!と強く思い、自分の思いを上長らに訴えていく決心をしました。

「正しい道理を貫いて、返って不信のレッテルを貼られ、除名になったならば、一分でも大聖人様に申し訳が立つ」
浅井先生の薫陶を胸に、初めて顕正会という組織に対して向き合ってみることにしました。

ちょうどその時分に、婦人部班長であった私の妻は、法華講員ブロガーの“セロリさん”の縁で一足先に法華講へ移りました。

そしてセロリさんや妻から再三顕正会の誤りを聞くこととなるのですが、まだ当時の私には馬耳東風でした。

何故なら私は浅井先生が大好きだったからです。

情の面で大変な執着があったので、聞き入れたくありませんでした。

先生から離れるという選択肢はその時はまだなかったのです。

日曜勤行で浅井先生がお導師をされた時、お声を聴いただけでいつも涙が溢れました。

もし会員活動の実態と浅井先生の指導が相違している事実。実は先生はそのことを知っていてあえて黙認されているとしたら‥顕正会を続ける意味はないのではないかと思いました。

以後、幹部は全くと言って良い程、私の話を真面目に取り合ってはくれませんでした。

いい加減。あぁ、顕正会はこういう組織なのか、と自分のやっている事の愚かしさに気付いたのです。

それよりは、ネットで大聖人の仏法を調べる毎日となりました。

特にYouTubeにおける樋田昌志さんと顕正会員の法論動画には心を強く打たれました。
理路整然と顕正会員を論破する樋田さんを見て、「顕正会の理論は破綻している」という確信を徐々に深めていきました。

日蓮正宗の正しさを実感せざるを得ない内容でした。

そして日蓮正宗のお坊さんと話がしてみたい!との思いに駆られ、妻の念願と相俟って、それはついに実際の行動として実現しました。近隣の宗門末寺へ行き、門を叩いたのです。

その日は丁度御会式の日で、私達がお寺に到着したのは法要の直後、また偶然にも日淳上人の御遷化された11月17日のことでした。

御住職は突然の私たちの訪問に嫌な顔一つせず、真摯に対応され、とことん折伏して下さいました。

4時間以上にわたって、夜の11時近くまで私の愚問の一々に答えてくれたのです。

宗門僧侶は決して堕落などしていませんでした。

その時、初めて柔和な心で触れる『日蓮正宗』に感激している自分に気付いていたし、
遂に本物の師匠との出会ったのだと確信を得ていたのでした。

如何なる縁あってのことでしょう。そのように思わせる程の素晴らしい御住職様と巡り会うことができたのです。

しかし宗門に移るということは、取りも直さず浅井先生を裏切るということ。

その段階に至っても尚、浅井先生に対する執着を払拭しきれてはおりませんでした。

しかし「依法不依人」と説かれる以上、顕正会に残る道理はありません。

そして後日、自ら御住職に電話をして御受戒を願い出たのです。

これは、奇異な自論でしかないかもしれませんが…
私が顕正会で学んだ意義というのは、釈迦仏法に例えるならば「爾前権経における修行」の様な位置づけであったのではないかと思うのです。
結果的に顕正会は偽物でしたが、もし顕正会に入信していなければ、現在日蓮正宗で信仰することもありませんでした。

何よりも「本門戒壇大御本尊」の尊さや、甚深の法理を教えてくれたのは浅井先生でした。

しかし、「不受余経一偈」「正直捨方便」と説かれるように
真実の法華経を説かれた後には、正直に方便は捨て、法華経のみを信受しなければなりません。

私は御本尊様の「開眼供養」など知る由もありませんでした。日顕上人はニセ法主だと思っていました。日蓮大聖人の御遺命は「国立戒壇」だと思っていました。「遥拝勤行」で大御本尊と感応道交すると信じておりました。

一度も真実を耳にする「機会」がなかったのです。

しかし知った後が肝心ですよね。

それでも目を閉じて、耳を塞ぎ、真実を受け入れないというならば、その謗法の罪は免れ難いことでしょう。

多くの顕正会員に真実を知ってほしい、本当の歴史、正しい日蓮大聖人の仏法を知ってほしい。その様な思いでブログを始めました。

何か聞きたいこと等ございましたら、お気軽にご連絡下さい。

長文にお付き合い下さり、ありがとうございました。

H23/1/23 顕正会員"Mu"さんの御授戒叶いました!

昨日Muさんの御授戒が叶いました!
Muさんとは顕正会時代も世法上の付き合いがあったため、宗門に移ってすぐに私と''I"で折伏させて頂きました。
顕正会時代から、大変な行体堅固な方で博識で常識的なMuさんが同志となり、一層有難い限りです
またこれにて、本年の支部誓願も達成となり、更にご住職のもと"顕救活動"に励んで参ります
[ 2014/01/24 12:41 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(0)

H26/1/18 顕正会から除名処分くだる

少し前の出来事ですが、突然知らない番号から電話がかかってきたので、出てみると顕正会時代の隊長さんでした。

内容は“除名”との事

それは私にとってこの上ない有難いタイミングでしたなぜなら‥

まず1つは“私の誕生日であった事”

2つに“初の支部総登山の前日であった事”

です。

正に御仏意と、思わずにはいられませんでした

思わず電話越しに「有難うござぁぁっっす
と感謝してしまったではないですか(笑)

こんな事があるんですねぇ‥。

真に法華講員として生まれ変わらせて頂いた‥
顕正会への執着を完全に捨て切り、御登山に臨みなさい‥

との大聖人様の御仏意だと思います。
本当に有難い限りです
[ 2014/01/23 01:56 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(0)

H26/1/21 顕正会員組長の“NIさん”の御授戒叶いました!

Uさん等の折伏で“NIさん”の御授戒が叶いました!
またまた現役顕正会活動者の御授戒で非常にありがたいですお寺が元顕正会員でいっぱいになりそうな勢いです
さらに今、とりあえず御授戒がほぼ確定されている現役顕正会員の方々3名も無事御授戒が受けられる様御祈念していきます
顕正会崩壊の直線コース
[ 2014/01/21 22:13 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(0)

H26/1/19 人生“初”御開扉叶いました!

ついに本日、H26/1/19。
人生初となる大石寺への御登山、御開扉が叶いました
18日夜から19日明け方にかけて、積雪が予報され、実際に出発時はお寺の周辺は“今シーズン初”雪が薄ら積もっておりました…。
『もしかしたら天気が悪く、富士山が良く見えないのではないか…。道路も事故で渋滞になったりしないだろうか…。」
等、不安を抱え出発致しました。
そして、私がバスの中で眠っていると、周りから「ワァー」と歓声があがったので、起きて慌てて私も窓の外を見ました。その瞬間、抱えていた不安は一気に吹き飛びました。

冨士



超絶景

もっともこの画像は大石寺から撮ったものですが、結局有難くも、空は晴天に恵まれ、最高の御登山日和となったのでした

着いて後、御住職に御影堂、客殿、不開門と御案内して頂きました。


御影堂
客殿
不開門

私にとっては全てが初、新鮮でした

顕正会時代には、広宣流布するまで絶対に行ってはいけない場所でしたので、大感激に反して、なぜ自分が今大石寺にいるのか?という思いが入り混じり、ちょっと頭の中がごちゃごちゃしていました

広宣流布の暁と言いつつ、広布前夜、大罰の時代の途上、最悪の場合、御奉公の最中に命を落とす覚悟までしていましたので…

今考えると非常に危険な思想です…恐るべし
とにかく今まで“絶対に行くものか”と心を偽って、塗り重ねられた、曲がった精神も、これから大御本尊様の御前にて罪障消滅させて頂こうと思いました

そして、客殿の日興上人御書写の御本尊様の御前で唱題させて頂く中に自然と心も晴れて、洗練され、素直な感激のみとなってゆくのが実感でき、そのまま奉安堂へと進みました

冨士とまき

富士山と奉安堂が正に最高のコントラストです

“霊山浄土に似たらん最勝の地”たる所以、実感致しました

そしてついに御開扉の時がやってきたのです。
又もや、私の頭の中がまたごちゃごちゃしてきました

しかしここまできたからには、心を落ち着かせ、糺してから拝したい。

何だかんだ扉が開きました…






前半はまるで読経できず…

私の中で何か大変な事が起こっていました。
しかし、只

有難い…。

無事、御開扉を終える事が出来ました。


今回、思った事…
それは、顕正会時代は戒壇の大御本尊に向かって遥拝している意識はあれども、それは実際はただの自分が作り上げたイメージでしかなかった事。
今までの信仰の対象は、一度も拝した事のない御本尊。自身の妄想本尊、思いがあれば通ずるなどという考えは、物理的な道理の上からも、信心の筋目からしてみても、勘違いの甚だしきであったという事実でした。

であれば、この体験を1人でも多くの顕正会時代の元同志に語り、早くこの有難さを供に実感し、救っていきたい…

今回改めて、決意を固めさせて頂きました

最高に充実した一日でした
[ 2014/01/19 23:05 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(4)

H26/1/17 “Uさん”のお母様の御授戒叶いました!

バリバリ顕正会活動をしていたお母様も、本日無事に御授戒が叶いました!
また有難い事に、顕正会時代は親子関係はギクシャクしていたそうですが、数日前からすっかり仲良しになったとの事
お二人とも本当に良かったです
[ 2014/01/17 22:59 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(0)

H26/1/14に頂いた “Uさん”の有難いコメント

12日に御授戒が叶った“Uさん”本人がブログに長文コメントを入れてくれたのですが、間違ってメールフォームの方に入れてしまったようなので、本文をそのまま記事として掲載致します。
では以下。“Uさん”こと“鼠さん”より。
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ミミさんたちのおかげで1月12日に御授戒となりました!
その夜、かつて顕で一緒に活動していた"Naさん"と話し、翌日に御授戒が叶いました!
その日、未だ顕で活動している母が私の変わった姿を喜んでおり、17日の勉強会に参加することに決まり、そして翌日(これを書いている今)、母は私に「法華講に行くことはもう決めた。だけど家を壊している最中だし、顕の出仕の約束もあるし、落ち着かないまま始めると一生後悔するからこれだけは我がまま言わせてもらいたい。それさえも聴いてもらえないんじゃ顕と同じだよ、"折伏、折伏、折伏"なんだ・・」と。
 私が母に何を言ったかというと・・
 私は御授戒の日、本当は“まだ顕の仲間を救わなくては(顕に恩を返さなくては)いけないけど籍を抜いてしまったら救いに行けないから、&ついこの間まで成果至上主義に踊らされて苦しんでいたので今はどこの団体にも入りたくないのと、&他の組織との醜い争いはもう見たくもないから、とにかくまず宗門の事が知りたい”との思いで御講に参加させてもらいました。しかしその後、御住職と話し、「私は御授戒の“時”を選びたい」と言いました。しっかり自分で決めて仕度を整えて・・。しかし御住職は『明日は無い、今までそうやって先送り先送りにしてきたのではないか、』と言って下さり、私は煙草をやめられないことを思い出しました。まさに“先送り”でした。私は何度も何度も誓い願い、肚を決めました。しかし“とりあえず”と、吸ってしまうのです。本人は深刻です。笑)
簡単とか、くだらないとか、一刻も早くやめて然りと思っても無理。
 私は顕で7年2ヶ月信じることをやってきて思った“どう信じるのが良いか”を御住職に伝えました。
「私は本当は“どうするのが一番よろしいのか、その通りにさせてもらいたい。」と。
すると御住職は、『ならば今』と御教え下さったので、「話して下さった事は理解しました。お願いします。」と、自分の意思のまま行かず、適切な指導を仰ぐことを選んだのでした。
慢心の気も強く、顕の毒で更にガッチガチになり、40代にも入り、虚勢厳しく、不幸で頭も体も硬くなった私が“自分で決めて整えて臨む”との意を自ら覆すことは、非常に重厚感があり、体はずっと振るえっぱなしでした。
しかも御受戒を受ける寺院も選んでません。御住職を前にしたら最後(笑)仏に値える鼠。
最高の選択をしたことと信じたいので後悔はありません。
 そんなわけを、同じように“今まで繰り返してきた自分の宿命のままに思い通りやろうとする”母に伝えたのでした。
母は頑なでした。私は、それが望みならまぁいいか、御住職と値えば良い運びにもなろう、と思いました。
しかし母は、控えてる顕の予定を断り、御登山の事を訊いてきました。
 私が御受戒の前に聴いた御住職の御指導の中で一番私の心に響いたのは、「仏様が導かれている」「心を大切にするのは、自分の心をではなくて、仏様の心を・・」でした。
顕で苦しみ、冷たくされて、最後は夜中に一人で大石寺に行って大聖人様に「正しい信心をさせて頂きたい。どうすればいいでしょうか」と直接お伺いするに至った私は御住職の御顔を拝して、“仏様が導いて下さったのか・・”と信じることにしたのでした。
 本日、入信を決意した母は“Niさん”に話したらどうかと言うので、母と共に会うことになっております。
夜はミミさんも合流し、向こうから願ってきて顕の上長二人を折伏する運びとなっており、明日は“Mさん”と会う約束をしており、ちょうど顕の上長の指令で仕事を辞めることになって求職中なので、この期に、顕にも宗門にもまずローギアの恩返しをしたい。
※鼠という名前ですが、猫にあえる鼠や仏に値える鼠ではありません。どんなに慈悲や情熱あって国を憂いるような立派な状態があったとしても、『きはまりぬれば』自分も狡猾にもなる、嘘もつけば裏切りもする、実際に私は抜け駆けして一人で大石寺へ行った。本能的に嗅覚を働かせ・・。
故に“鼠”
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以上!NIさんも明日お寺で御住職の折伏を受けます!
[ 2014/01/16 23:46 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(0)

H26/1/13 “Uさん”の折伏で顕正会時代の後輩の“Nさん”の御授戒が叶いました!

前日に御授戒を終えたばかりの元顕正会男子部班長の“Uさん”が早速、元後輩の“Nさん”を折伏し、御受戒が叶いました!
一昨日の出来事なので一昨日すぐに記事で上げたかったのですが、弘通の潮流が早すぎてついていけません(笑)
しかし“Uさん”の求道心には本当に頭が下がります
実はUさんは御授戒を受ける前にも他の元後輩を折伏しております!
更に最近まで婦人部で班長だった現役顕正会員のお母様にも正義を伝え、既に御授戒を受ける決意を固めております!
そして今日は親子お二人で、私の顕正会時代の後輩で私が法華講に移ってからは何度も折伏している、“Mさん”を折伏され、今月の18日御住職と会って頂く段取りにまでもっていきました
更に更に!その他にもUさんの折伏と、Uさんのお母様の折伏で合わせて数名、現役顕正会員を脱会→御授戒の決意に至らしめており、勢いは止まりません
なんだか凄い事が起こっております
今、Uさんが現役顕正会員を折伏していくにあたって、皆素直に脱会→御授戒を決意される背景には“最近の顕正会は、内容が以前より酷くなってきている事実があるのです”
余程、鬱憤が溜まっているのでしょう。命で助けを待っていたのだと思います。
顕正会の崩壊は思ったより早いのではないか!?
と私に思わせるような“潮流”が、今確実に起きてきているのです。

[ 2014/01/16 00:29 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(3)









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