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顕正新聞 平成5年1月5日号 浅井会長先生の重大指導(後編)

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総合男子部長
「金口の血脈」についてもう少し…
浅井先生
日応上人は弁惑観心抄の中で「たとえ広布の時をいえども、別付血脈相承なるものは他に披見せしむるものに非ず」と仰せられているから、時の貫主上人以外には誰人もこれを知り得ない。
しかし「弁惑観心抄」は要山の日守、また「法之道巻之一」は同じく要山の近藤勇道に対する破折で、二人は共に本因妙抄・百六箇抄等をもって本宗の唯授一人の血脈を否定してきたので、日応上人の破折もきわどいところまで仰せられている。
ことに「法之道」の中で、日応上人は「金口血脈」について
「この金口の血脈こそ唯仏与仏の秘宝にして、独り時の貫主の掌握せる所なり。これには数種あり、また数個の條目ありといえども、その中の一種の金口血脈には、宗祖己心の秘妙を垂示し、一切衆生の成仏を所期する本尊の活眼たる極意の相伝あり」
と仰せられている。まさに「本尊の活眼たる極意の相伝」が金口の血脈なのです。だから御本尊の書写ができるのです。
これでも学会は「唯授一人の血脈などない」と否定できるかね。
今池田大作は「この法体付属・金口の血脈」を否定して、一期弘法付属書に「本門弘通の大導師」とあるから、“弘通の大リーダーである自分が相承者”などといいたいのだ。

(中略)


岡田
八月の特別講習会で「日蓮正宗が正しいゆえんは、戒壇の大御本尊と、血脈と国立戒壇の御遺命だ」と教えて頂きましたが、学会が「血脈相承」を否定するとは、なんとも恐ろしいことですね。
浅井先生
阿部管長の権威を徹底して失くしたいんだね。だから学会は日蓮正宗の血脈そのものを否定するだけでなく、その上に阿部管長については「日達上人から相承を受けてない」「贋(にせ)法主」「詐称法主」などと、最近ではしきりに匂わせている。
「日蓮正宗には本来血脈相承などない」と云っておきながら、「日顕は日達上人から相承を受けてない」というのも矛盾した話だがね(大笑)

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後編は前編より更に大事です。

「本尊の活眼たる極意の相伝」をお受けになった貫主上人御一人のみが御本尊の書写する権限をもつこと。

浅井会長が御相承を否定している学会を非難していること。

なぜ今、顕正会は御本尊の書写の大事、御法主上人の立場の重きを教えないのか?
なぜ今、ずっと破折し続けてきた、御相承の否定を自らが始めてしまったのか?

百歩譲ってもし現在の顕正会教義からの視点から考えれば、正本堂が建っている時に御相承の否定をするのであれば、まだ顕正会なりの筋が通った考え方かもしれません。
しかし、顕正会曰く“御遺命を破壊する為に建てた正本堂”が取り壊された後にいきなり今まで肯定していた御相承の否定に走った理由は一体なんなのでしょうか?

顕正会員さんにはこのところを良く考えて頂きたいのです。
自然と真相が見えてきます…

この時の浅井会長の指導こそが日蓮正宗の本来の教義、日蓮大聖人様の仏法です。(現在は国立戒壇以外)

相承を否定したら、御歴代の相承、金口血脈の正当性も否定されたことになり、遡れば大聖人様を否定することに繋がるのです。
なぜなら日達上人の御相承の『授』を否定するならば、御相承の『授』ができなかった人を次の代の貫主上人に選出された日淳上人も否定されることになりますよね?
日淳上人の人選がいけなかった事になれば、その前の代…その前の代と遡り、元を辿れば大聖人様に行き着くのです。

大聖人様からの法水が未来永劫にわたって絶対に断絶しないことを前提とされて宗旨建立あそばされたのであれば、一時的に御法主上人に信が取れなかったとしても、“本山からの離脱は即、大聖人の仏法に背くことになる”をよくよく知るべきです。

時の御法主上人が自分の知らない御法門を言い出された時、「間違っているから離れます」ではなくて、貫主上人しか知り得ない深々の金口の相伝、「数種あり、また数個の條目あり」との日応上人の御指南に信をとり、どこまでも師弟の筋目を違えずに謙虚な求道心に立つ。

これが信心ではないですか?

顕正会の中でも「この組織が気に入らないから移してくれ」「この支隊長・隊長が信じられないし、尊敬もできないから変えてくれ」という人を沢山見てきたし、知っていますが、もしまともな上長であればその様な後輩に対して「信心がない!」と一喝することでしょう。

でも良く考えてみてく下さい…

浅井会長はそれをしたのですよ?

もし詳しい話を聞きたいという信心ある顕正会員さんには直接お話しをしたいと思います

以下からご連絡下さい

連絡先
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顕正新聞 平成5年1月5日号 浅井会長先生の重大指導(前編)

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「秘伝などはない」

総合男子部長
学会は「日達上人も相伝について『堀(日亨)上人が全部出してしまったので、特別なものは何もない』と言われている」として、今や秘密にすべき相伝なんかないんだと言っていますが…。
浅井先生
これは法門相承と法体相承を混同してごまかす論法だ。大聖人様から日興上人への御相承にも総別の二箇がある。総付は法門相承で別付は法体相承です。
法門相承とは、本因妙抄・百六箇抄・御本尊七箇之相承・産湯相承などで、法門の極理を日興上人に相承されたもの。これは「秘すべし、秘すべし、伝うべし、伝うべし」だから、秘伝といえども、信心堅固にしてその器には、古来から伝えられてきた。
日目上人の弟子日尊にも伝えられているから、要法寺にもある。だから要法寺の驥尾日守などは自山の本因妙抄・百六箇抄等を「唯授一人の血脈」と称して、「それ以外に大石寺に特別な血脈などはない」と云って本宗を攻撃してきた。今学会の論法はこれと同じなんだね。
この法門相承は日興上人への秘伝ではあっても総付であるから、時代と共に公開されるのは止むを得ない。ここに堀上人が、冨士宗学要集の「相伝の部」にこれを全て公開されたのだね。細井管長が言っているのはこのことです。
だが、日蓮正宗にしかない「唯授一人の血脈」とは、法体相承のことなのです。
法体相承の「法体」とはまさしく本門戒壇の大御本尊の御事であられる。ゆえに日興上人から日目上人への付属書に「日興が身に宛て給わるところの弘安二年の大御本尊、日目に之を相伝す」とあるのです。
そして、この戒壇の大御本尊の付属相承に付随して、「金口の血脈相承」というのがある。この「法体付属・金口血脈」こそが、正系門下・大石寺にのみ伝わる「唯授一人の血脈相承」なのです。
いま池田大作は、大石寺を怨嫉する要法寺の謗法貫主と同じ論法で、この「唯授一人に血脈相承」を否定しているんだ。まさに仏法の命脈を絶たんとする魔の所業であるといわねばならない。

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正本堂崩壊前後で顕正会の方針が180度転換した事がこの新聞から良く読み取れると思います。
実に明解で、貴重な資料だと思いましたのでピックアップさせて頂きました。

特に平成11年以降に顕正会へ入会した方に良く読んで頂きたいですね
最初に創価学会の方から日達上人から日顕上人への御相承の否定を始め、顕正会がそれを主張し始めたのはそれから約8年後となります。
なんとその間、顕正会・浅井会長は、創価学会が御相承の否定をすることを批判していたのです。

それでも「半世紀一貫普遍の大精神」と謳う浅井先生に不審を抱かない会員さんがいるとは到底思えません…

H26/2/22 顕正会員を折伏 IN 高崎

昨日、他の支部の方の応援で現役顕正会婦人部の班長さんを折伏する事ができました
なんと驚いた事に、有難くも、1時間半くらいの長時間にわたって話をすることが出来ました
応援を依頼して下さった方が諦めずに幾度も足を運んで折伏してきたそうで、その班長さんも法華講員の慈悲溢れる健気な姿、大忍辱力に心を打たれたが故に、今回の折伏の約束に繋がっていったのだと思いました
普通は顕正会で班長としてバリバリ活動している人が法華講員からの電話に出て、会っても良いと約束が取れること自体が凄い事だと思いますし、「元顕正会員が応援に来る」と伝えてOKがでることは更に凄い事
更に更に、1時間半近くも話ができるなんて奇跡に近い事と思いました本当に御守護であり、応援を依頼して下さった法華講員の方に感謝です

話の内容はというと勿論顕正会員は決まった様に同じ言葉を繰り返すだけ…
「でも~、御遺命は国立戒壇だから~。」「宗門は細井日達の時に曲がっちゃったから~」
何を言っても返ってくる言葉はこのどちらか…

こちらが御金言や歴代先師上人の文証を出せば、
「それは宗門が勝手に作った。」
と言い出す始末…

でも良いのですこれで良いのです
特に班長までやった幹部さんには、2時間くらい話してあげて少し時間を置く、また2時間くらい話してあげたら少し時間を置いてまた話す…を10回も20回も繰り返す。
堅くて厚い壁にひびを入れる事は容易ではないと思います…
自分がそうだったように…





[ 2014/02/23 11:59 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(0)

H26/2/21 功徳、生活の変化(続続)


最近、生臭物が食べられなくなってきたのです‥

生サーモンやはまち・ぶり等、特に生魚を食べていると気持ち悪くなってしまうのです。

他には、油ギットリの焼き肉等も無理です‥。マックやカップ麺もあまり好ましくありません

勿論顕正会時代にはバクバク食べれていた物です。

六根清浄…

変わりに野菜が好きになりました

先日興師会の際、妻がお寺で日興上人の好物であった“せり”を頂いてきたので、お浸しにして食べました
最高に美味しかったですあとはご飯とお味噌汁があれば、それだけで私の夕飯は満足です
勿論、動物性のたんぱく質も栄養素として必要ですので、摂取するように心がけております

そのうち出家しそうな勢いです(笑)

不思議な事に妻にも同じ現象が起きています。

元来、和食をあまり好まず、味噌汁も「味がわからない」と言っていたのですが‥
最近は和食中心です

更にはペットのネコにまで影響が
美味しい物とまずい物の分別ができる様になり、やたらと人間の食べる物をほしがる様になりました
以前にも、猫が食べられる物に関しては食事の際に分けてあげる事が度々ありましたが、味を覚えてしつこくおねだりするといった事はしてきませんでした
それが最近では、私たち自身がうるさくて食事になりません。2匹いるので
水も人間の使うコップで飲んでみたり
境界が人界に近づいているのかもしれません
何れにしても顕正会時代には見られなかった現象です

[ 2014/02/22 01:19 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(0)

H26/2/19 功徳、生活の変化(続)

更に最近、顕正会員から法華講員となって変わったなーと思う事は、自宅に良くお客さんが来る様になった事です
法華講員の同志も、法華講員ではない人も良く来ます

顕正会時代は決まった人が1人、たまに来る程度…
自宅の境界が変わったのだと思います
こちらのお客様を受け入れる心の体制といった面でも、以前は全く余裕がなかったのですが、最近は余裕が出てきました

顕正会時代は上下関係以外の人との関わり合いと言えば職場くらいなもので、とても心が寂しかった様に思います

しかし法華講に移ってからは、皆で同じ支部の方が勤めているカフェに行ったり、何時間でも仏法の感激を語り合える有難い同志が出来たり、お寺ではいつも手厚くもてなして下さったり、全然信心が芽生えなかった元班員と一緒に信心の話が出来たり、等々挙げたらきりがありません

会の正当性だけを一方的に言い切る事でしか関係を見い出せなかった自分と後輩の繋がり。

世間的な礼を尽くす必要はなく、上長の命によってしか関係を許されなかった同志との関係。

言いたい事を言えず、言ったところでまともな意見が返ってこなかった為、尊敬も信頼も出来なかった上長との関係。

強引な折伏をして逆縁だったからといって、その後の接触は謗法与同になると勝手に思い込み、世間的な関係を絶ってしまった、友人達。

顕正会の教義の所々が仏法の説くところとは脱線した信行の在り方であり、その為に人格的にも世間とのずれが生じ、知らない間に形成されていた反社会的な思想、不健康・不健全な心理状態‥

有難くも、どこまでも本物の御本尊様を求めていった結果、気づかせて頂きましたそして導かれたのだと思います
御住職は「クモの糸一本垂らして下さった。」と仰います私のこのブログが顕正会員にとって、そのクモの糸に捕まるきっかけとなってもらえれば本望です

宿縁万歳。
[ 2014/02/19 22:44 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(0)

入信報告書偽造 3

この記事は「こちら」へ移動しました。お手数ですが、リンクを踏んでお進みください。

H26/2/15 功徳、生活の変化

私が顕正会から法華講へ移り、早くもあと少しで3ヵ月が過ぎようとしています

ここで一旦、自身において一体どの様な変化があったのか振り返ってみたいと思います

まず一番有難いのは、家庭円満になった事です

これが本当に一番大きいし、有難い

1ヶ月に、2・3回、むしろ休みの度に争い事になっていたのに、最近は全くないとは言えませんが、明らかに頻度が激減しました
昨日は妻が面白い物を買ってきたので、その事で一緒にお腹が痛くなるほど爆笑してしまいました
顕正会の時は何をしても、相手の意に反してしまったり、気持ちが通じ合わなかったりしました
それが改善されてきた事が私にとって一番の功徳です

それから、精神薬を飲まなくても平常でいられる事

顕正会時代は最後1年間程、弱いものですが“気分調節薬”を服用していました
それを、受戒を受けた直後、御住職に相談した際に「絶対に治ります」と超大確信で言われ、薬に頼らない決意をさせて頂きました実はその少し前から服用をやめていたのですが、その後今に至るまで、全く精神的に問題ありません
顕正会時代は、間違いなく開眼供養のない偽物の本尊を拝み『若者悩乱頭破七分』の罰が顕れていたのだと思います
本当に重篤になる前に気が付けて良かったです

経済的にも少しずつですが安定してきたように思います
顕正会時代には仕事も毎日ほぼ定時(5時)に終わっていましたが、最近は毎日平均して6時半くらいまでしっかり残業させて頂いております
その為、なかなか平日のお寺の行事には出られないので残念ですが、『御みやづかいを法華経とおぼしめせ』と大聖人様が仰せになっておられるので、仕事も御奉公と思って頑張れるのです

これに関して顕正会時代と違うところは、平日の行事にでられないからといって上長に“信心がない”と勝手に思われてしまう事がないということです。指導教師である御住職の温かい御理解があり、同志との自他彼此の心なく、無駄に自身を卑下することなく、のびのびと日々信行に励める有難さを今一度噛みしめたいと思う次第です
[ 2014/02/15 20:29 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(2)

顕正会規則の矛盾

「宗教法人顕正会」規則

(総則)
 
第十二条 会員にして左の各号の一に該当するときは、除名・謹慎(活動停止)・戒告の処分を受ける。

一、日蓮正宗の教義に違背する言動をしたとき。

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熱心な顕正会員さんは、会長の過去の発言と今の発言が矛盾している事を何とも思わないですね。

確かに人間ですから、その時その時で考えが変わるのは仕方がない事と言われてしまえば、一理あるのかもしれません。(普通は責任ある立場で不確定な将来の事に対してはあまり断定的な発言はしないものですし、違ったり変わったりした際は必ず自己フォローがあるものですが‥)

しかし会の規則に関しては講演の時の発言とは違い、会の立場や存在意義、ルールを発足時に文書として正式に定めたものですから、いくらなんでも簡単に取り消し・変更ができるものではありませんよね

そこで、疑問に思いませんか?この第一二条‥。

顕正会の立場からであれば『国立戒壇の御遺命を放棄する以前の日蓮正宗の教義に違背する言動をしたとき』
と定めるのが筋ですよね?
(と定めたとしても結局、多々矛盾が生じてしまうのですが…)

この規則によれば会長先生自身も除名になってしまいますよね

つまりは会の方針がコロコロ変わる顕正会は、規則を定める事自体に無理があるのだと、会員さん達に早く気付いてほしいですね

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平成6年3月31日に定めた規則です。

平成9年に仏法上の名称を「冨士大石寺顕正会」と改称した際、会長から会の規則変更の説明がありましたが、この部分については変更したとの発表はない為、そのままになっているはずです。
もしこの箇所も変更したのであれば、会員に変更した旨の発言があって然りです。公な「規則」である以上、中途半端な説明では会の信用を失う事になると思います

顕正会新青年会館の門柱

顕正会新青年会館の門柱にある疑惑が浮上…
あの門柱を“コンコン”と叩いてみて下さい。
するとまるで“中が空洞であるかの様な、安っぽい音がするそうです”
私自身は“コンコン”した事はありません、顕正会から法華講へ移った同志から聞いた話です。

ということで、あくまで“疑惑”…。

顕正会女子部の“折伏成果が落ちているのに区が増えている矛盾”

この記事はこちらに移動しました。









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