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H26 3/30 春季総登山

昨日、今生で2度目となる御登山が叶いました
午前中は法華講連合会集会に参加、集会後、午後一番で御開扉に参加させて頂きました

天候は激しい風雨に見舞われましたが、自身の罪障を雨で流し、風で吹き飛ばして頂いた如くに、悪天候でも決して気落ちすることなく、御開扉後は大変晴れやかな気持ちとなれました

集会と御開扉の間に若干時間がありましたので、一月程前から仕事の都合で大石寺近くに住み、大石寺に良く参詣に行かれている“鼠さん”に色々と案内して頂きました。

日興上人が乗って説法されたと言われている説法岩、日寛上人が造られた常唱堂、熱原三烈士碑‥

時間が過ぎるのはあっという間で残りはまた次回に

また御開扉に関しては、前回は初だったため気持ちに余裕がなく、正直しっかりと拝す事ができなかったのですが、今回はしっかりと戒壇様を拝す事ができました
御開扉中、御開扉を受けられる立場となった有難さがこみ上げ、今回も声が詰まってしまいました

3週間後の4/20には支部総登山なので、気をゆるめる事なく、新鮮な気持ちでまた御登山に臨ませて頂こうと思います


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[ 2014/03/31 21:14 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(0)

H26/3/27 鼠さんの大石寺から活動の御報告

現在、仕事の関係で大石寺付近に住居を移している“鼠さん”から教えて頂いたお話です。

お話を伺ったのは少し前の事ですが、鼠さんが先日、妙蓮寺にある上野殿のお墓へ御供養に赴いた際に、お墓の近くに座っていた御夫婦に思い切って話しかけてみたそうです。

話をしていく中にわかった事、それはなんと!その御方達の苗字は「南条さん」。つまり上野殿の御子孫だったそうです

これには鼠さん大感激

喜んでいるのも束の間、更に話を進めていく中に判明した事、それはなんと!その御方達は「顕正会員」だったそうです

鼠さんびっくり

そのまま墓前で折伏となったそうです。

お嫁に来た奥さんの方は元々学会で、平成7年に顕正会へ移り、過去には総班長までやられた経験があるそうです

檀那さんはというと、元々日蓮宗系で、奥さんと一緒になってからその奥さんに誘われて顕正会員になったそうです。

言っている事は支離滅裂で、頑なに浅井先生を信じ切っている様子だったそうですが、穏やかに話ができる状況だったので、電話番号を交換する事ができたそうです。

鼠さんの悩み。それはたった一人、知らない地で「どうやって折伏を進めていけば良いかわからない」事でした。

その様な中で初となる化他行。しかも「上野殿の墓前で上野殿の御子孫を折伏」する事が叶い、大変貴重な体験になると共に、大きな励みとされておりました
[ 2014/03/27 20:45 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(0)

「功徳があるから正しい」というのは謀り

近年、顕正会では「難しい事はわからなくても良い、信心口唱・一念信解で良い」などと指導が徹底されており、その為教学を軽視する会員さんが増え、よって思考能力は著しく低下、結果、幸福の本質を見失い、価値・反価値の分別すらつかない、これは大変深刻な状況に陥っている様に思えます。
諸宗の破折に関しては「功徳の体験談」で十分、「邪宗は功徳がないのだから、功徳の話が即、破折となる」と説いています。一見その論理を正論の様に感じてしまう顕正会員さんには、もう一度幸福の定義を良く見直して頂きたいです。
『蔵の財より身の財、身の財より心の財』
臨時収入や一時的な病の治癒といった飴玉の様な現証が、果たして真の功徳といえるのでしょうか?


大聖人様は
『但し法門をもって邪正をただすべし、利根(賢いこと)と通力にはよるべからず』(唱法華題目抄)
と仰っております。

顕正新聞の体験発表などを閲覧していると、「まるで魔法の様に」といった表現を見かける事がありますが、その本質は読んで字の如くですね。その様な不思議な現証を「功徳」と断定する事は全くもって不適当なのです。

浅井先生は、「所詮正しい道理と文証に裏付けられぬ現証は、ごまかしに過ぎない」(理論書296)
と指導しておりますが、法華講員との法論から必死に逃げ回っている顕正会員さんの姿こそ、会の教義に「正しい道理と文証の裏付けがない」事を証明をしている、実に明瞭な「現証」ではありませんか?
 
それから、
「法に依って人に依らざれ」(釈尊 涅槃経)
「最後の御遺言に云はく『法に依って人に依らざれ』等云云。 (開目抄)
 「涅槃(ねはん)経に云はく『法に依って人に依らざれ』云云。痛ましいかな悲しいかな、末代の学者仏法を習学して還(かえ)って仏法を滅す」 (三世諸仏総勘文教相廃立)

なぜ浅井先生は御書全集を発刊しなかったのか?
会員さん達に法の全てを開示してしまったら顕正会が正しくないのがバレてしまうから、偽りの功徳という事がバレてしまうからですね。
浅井先生の用いる御書はいつも同じ御書ばかり‥
御書は全部で四百余編。
「全て大事」です。
また、特に相伝書に関しては多くのものが会員さん達に秘密にされています。
都合の悪い御書や相伝書を隠す行為と、不相伝の日蓮宗が何でもかんでも偽書扱いにして自宗を正当化している謀りとが、同じ類だという事に気付いて頂きたい。
先生が指導して下さる御書だけ学べば良いというのは、法ではなく人に依っている姿ではないですか?

更に大聖人様は、
『故に弘決の八に云く「若し衆生生死を出でず仏乗を慕わずと知れば魔・是の人に於て猶親の想(おもい)を生(な)す」等云云、釈の心は人・善根を修すれども念仏・真言・禅・律等の行をなして法華経を行ぜざれば魔王親のおもひをなして人間につきて其の人をもてなし供養す世間の人に実(まこと)の僧と思はせんが為なり』 (種種御振舞御書)

邪僧をさも正しい僧の様に世間の人に思わせる為に、魔がその人をもてなし、供養する。‥との仰せです。

六道が自在の天界の衆生にとっては、鬼神に化ける事も容易です。

不思議な現証から得た確信など、ごまかしに過ぎない。

ごまかしに翻弄され、盲目となっている人達に「功徳」を語る資格など断じてありません。

鼠さんから頂いた写メ

現在、同じ支部の元顕の同志である鼠さんが、仕事の関係で大石寺の近くにいらっしゃり、沢山写メを頂くので、アップしてみました

心のこもった写メでいつも励まされてます

3・2内山
3/2 富士市の風景

3・3内山さん
3/3 道に迷い、ようやく大石寺へ到着

140304工場から
3/4 職場から冨士を臨む

3・6内山さん
3/6 職場へ

3・8内山さん
3/8 法妙寺からみた冨士

3・8内山さん
3/8六壺への道

h2339参詣後の夕陽(1)
3/9 参詣後の夕焼け

3・15内山さん
3/15 遥拝所から見た奉安殿

3・15内山さん
3/15 参詣後の夕焼け空

3・15内山さん
3/15 大月天子

3・16内山さん
3/16 日顕上人のお建てになった大事な書物をご安置するところ

3・16内山さん
3/16

3・16内山さん
3/16 石之坊

3・9内山さん
3/17 さあ帰ろう
六壺へ
3/17 六壺へ

3・21内山
3/21 芽吹き始めた街路樹

3・21内山
3/21 芽吹き始めた街路樹

3・21内山
3/21 芽吹き始めた街路樹

3・21内山
3/21 芽吹き始めた街路樹

3・21今日のふじ
3/21 本日の冨士

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以上です。
個人的には、諸天の写メが好きです
不思議と大石寺からみる諸天は力が違います!

[ 2014/03/23 10:39 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(2)

H26/3/21 春季彼岸会

本日、初めて「春季彼岸会」に参加させて頂く事が叶いました

御塔婆供養をされた方の他、東日本大震災における殉難者さんの供養も同時に行われました

法要後の講話にあたり、まず御住職様は「先祖供養という名の仏道修行に努める」という事を仰いました。

顕正会から来た者にとって先祖供養が修行という意識はなく、法華講員としての正しい信行の在り方を指導頂きました。

今回の彼岸会は初参加になる方が多い為、彼岸会の意義について教えて頂きました。

まず春分・秋分に執り行われる意味合いとして、春分・秋分は昼・夜の長さが同じという事から、「中道(ちゅうどう)」を表すのだそうです。
「中道」とは「偏りのない状態」という意味で、「死んだら終わり」とか「人間は人間、犬は犬に生まれ変わる」などといった、仏教伝来以前の教え、極端な考え方ではないという意味合いがあり、仏の三世を説く教え、悟り、即ち仏教の事を指すのだそうです。

この春分・秋分の時に供養をするといった事は具体的にいつから始まったものであるかは定かではありませんが、一説では聖徳太子の時に始まったとも言われています。
しかし、インド・中国にはこの様な風習は見られないので、いずれにせよ「日本発祥の宗教行事」であることは確かな事の様です。

しかし、日蓮正宗における、先祖供養の精神とは<常盆・常彼岸>。毎日が常に盆であり、毎日が常に彼岸であるということ。
彼岸会のみにとらわれることなく、常日頃の勤行においても懇ろに先祖供養させて頂く大事を教えて頂きました。

拝読御書は『日住禅門御返事(にちじゅうぜんもんごへんじ)』。
本文・解説は割愛させて頂きますが、何か法要がありお寺に行く度、毎回常に新しい御書の講話を聴聞させて頂ける事。このような境界に成らせて頂いた事は、顕正会という執着を捨てることが叶った故に頂く大功徳そのものです。

日頃からお寺に行くことで、新しいお話を聞けると思えると、本当に行くのが楽しみになるのです
[ 2014/03/21 17:00 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(0)

富士門流から発生した異流義団体の特徴

日蓮正宗入門(P222~223)より。

三鳥派(さんちょうは)

三鳥派は、江戸時代初期の寛永年間(1630年代)に三鳥日秀(にっしゅう)が起こした異流義の一派です。日秀ははじめ、江戸常在寺において第十七世日精上人に帰伏し、数年の間は随順していましたが、後に大石寺の法義に違背して異流義を主張するようになりました。
日秀の没後、三鳥派の一潮日浮(いっちょうにっぷ)は、自己を日蓮大聖人に匹敵させるのみならず、さらには大聖人を超克しようとし、自らを無辺行菩薩の再誕と名のりました。このように日浮は、荒唐無稽(こうとうむけい)の新義を創出して人々を惑わし、また本尊まがいのものを書いて授与し、多額の金銭を貪り取るなどの悪行を重ねました。
この三鳥派は、「妙法」の二字を唱えることが、宗祖の教えであると主張し、独特の呼吸法と神秘的な利益を売り物にして、江戸後期には一時的に隆盛しましたが、瀑布により禁制の不受不施派(ふじゅふせは)と同様であるとされ、中心者らは死罪等の刑に処されて江戸末期には壊滅しました。

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堅樹派(けんじゅは)

「堅樹派」は、江戸時代後期の明和九年(1772)、堅樹日好(にちこう)が起こした異流義の一派です。日好は本迹一致の身延門流から大石寺に帰伏しましたが、まもなく大石寺批判を重ねるようになり、離反して異流義を唱えはじめました。
日好は「大石寺は大聖人の正統ではあるが、折伏をしないから法水が濁っている」と大石寺を誹謗して「我こそは大聖人・日興上人の正統である」と自賛し、さらに「御本尊は折伏を行ずる者の胸中にある」などの邪義を立てて、強引に布教を行いました。しかし、このような布教が幕府の取り締まりの対象となり、主導者であった日好は投獄されたうえ、はじめは三宅島に流され、次いで利島に流されて在島三十八年の後、文化(ぶんか)九年(1812)に罪人のまま七十四歳で寂しました。
その後、門下の臨導日報(りんどうにっぽう)が日好の義を受け継いで大石寺批判を続けたため、第五十二世日でん上人は『異流義摧破抄(いりゅぎさいはしょう)』を著して破折されました。しかし、自説に固執する日報が『聖語明鏡顕魔論(せいごみょうきょうけんまろん)』をもって反抗してきたため、日でん上人は『叱狗抄(しっくしょう)』を送って再度強く破折されました。
日報は、その後も大石寺を誹謗し続け、臨終には悪相を現じて非業の最期を遂げています。
この日報の臨終の姿から、その信仰に疑いをもった弟子・佐野広謙(こうけん)(妙寿日成尼)・富士本智境(ふじもとちきょう)日奘(にっそう)が、明治七年(1874)に日でん上人のもとに帰依し、強力な折伏を展開したことにより、堅樹派に感化されていた人々も、徐々に大石寺に帰伏するようになりました。
このようにして堅樹派は、日好から百数十年を経た明治中頃にその流れを止めました。

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三鳥派においては、
「本尊まがいのものを書いて授与」
「神秘的な利益を売り物に」

堅樹派においては、
「大石寺は大聖人の正統ではあるが、折伏をしないから法水が濁っていると大石寺を誹謗して、我こそは大聖人・日興上人の正統であると自賛」
「御本尊は折伏を行ずる者の胸中にあるなどの邪義を立て」
「強引に布教」

異流義の特徴というのは今も昔も似たり寄ったりなんですね~

しかし『魔』としての使命を果たし終えた後には、あっけなく消えてゆくものなんですね

H26/3/17 ペットも

僕は“ヨロリ”

最近お父さんとお母さんが沢山南無妙法蓮華経をやってるので、

僕もマネしてやってみた。。

お母さんが鈴の打ち方を教えてくれたんだけど‥

僕には少し難しいみたい。。


DSC_0410.jpg
DSC_0411.jpg

[ 2014/03/17 20:17 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(2)

顕正会事件 まとめ

記事はこちらへ移動しました。

顕正会員よ!護法心を取り戻せ!浅井先生の『試練と忍従の歴史』に学ぶ その2

顕正会試練と忍従の歴史(P17)

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“妙信講の目的はただ一つ”

講演・青年部会(34年7月19日)

『妙信講は再建以来、一万世帯を目標に戦っております。妙信講の進軍の目的は唯一つ、大聖人様が七百年前に日興上人に御遺命された、本門戒壇建立ということだけであります。……唯、その一念を以て講中進軍の認証を御法主上人猊下より頂いたわけであります。
(中略)
十年というと長い気がするがあせっては駄目です。十年の歳月は要するに人材を鍛え上げる養成の時期なのです。態勢のととのわぬうちにあまり早く数だけ達成しては、かえってその時に困る、行詰って本当の力ある御奉公が出来ないからです。
青年部の皆さんがだんだん育って、強盛な信心を土台として、御書を心肝に染め、人間的にも成長し、社会的にも力をもつ、そういう人材が多くでてこなければその後の戦さは出来ない。
だから十年という貴重な年月を頂き、ジックリと勉強して行くのです。若い時に地味な勉強をせぬ者に、将来の大成があるはずがない。』(顕正新聞34・8・5日号)

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大変素晴らしい内容の指導だと思います。
しかし今の顕正会幹部の方々ときたら、この原点ともいえる先生の大精神を忘れてしまった様に思えてなりません。

短い期間で数だけ達成しても意味がないのです。
今の顕正会の人材組織の現状から鑑みるに、いかに無理のある折伏誓願を立てていることでしょう…。活動者本人達が一番身に染みて分かっているはずです。
その場しのぎにニセの入信報告書を作成、強引な勧誘で書類送検される会員が続発…。「その時困る」と会長が危惧された事が今となって現実になってしまったわけです。
人材を鍛え上げることに失敗してしまった顕正会にはもう広宣流布を成し遂げる力もなければ使命も残っていない。
所詮、人材を育て上げるのもまた人材。現在の顕正会は痩せた土壌に苗を植えて、過剰に水をやり続けている様なものです。
育て方を知らない者の手によって植えられた苗というものは実に不憫です。
先生の仰る通り、土台として強盛な信心がなければ、御書を心肝に染める事は叶わないのだと思います。
しかしその前に現在の顕正会に、御書を真剣に学ぶ事のできる環境が整っているとは到底思えません。
「難しい事はわからなくても良い」と教え、御書を学びたいという会員の純粋な求道心を否定しておきながら、教学試験になれば「信心があれば自然と仏法の事を学びたいという気持ちが湧いてくる」「信に始まり信に終わる」などと指導する。しかし実際の試験の内容はといえば学会・宗門の誹謗中傷が中心といった有り様です。
いつも同じ御書を引いて耳にたこができる程に聞き飽きたお決まりの指導。
同じ時期に同じ内容の指導を毎年繰り返すといった、全く新鮮味のない講演。
そしていつの間にか御書講義はなくなってしまっているわけです。
そこで、昔あった講義を聞きたいと思ったとしても、過去の先生の指導を求める事は御法度なのです。

今の顕正会を見渡した時、社会的にも力をもった人格者が沢山いる様に思えません。
先生に対する忠誠心はそれは立派なものだと思いますが、一国を揺り動かす程の力ある人材豊富な諌暁団体にはどうしても見えないのです。
浅井先生は地味な勉強をしてきたから大成できたのかもしれません。
しかし、先生が学んできた環境と、現在顕正会に与えられた学びの環境とは全く異なるのです。
地味な勉強を促しながら、「見てはいけない」「聞いてはいけない」「知ってはいけない」というのは矛盾していませんか?
弟子を成長を想う気持ちがあるのなら、自分が学んできた環境を弟子達にも与えるべきです。
自由を許さず束縛し、組織を私物化しているのは一体どなたでしょう?
大義を掲げるのは良いですが、中身が伴わない人の事を“口舌の徒”といいます。
顕正会時代には良く上長から指導されたものです。
「浅井先生は“口舌の徒”を一番嫌う」と…。

H26 3月度 御講 『就註(じゅちゅう)法華経口伝』


『就註(じゅちゅう)法華経口伝』

第七 衣座室(え・ざ・しつ)の事

今日蓮等の類南妙法蓮華経と唱へ奉る者は此の三軌を一念に成就するなり。衣とは柔和忍辱の衣、当著忍辱鎧是なり。座とは不惜身命の修行なれば空座に居するなり。室とは慈悲に住して弘むる故なり。母の子を思ふが如くなり。

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今回の御講にはゼブラさんの初参加が叶いました
この『就註法華経口伝』は大聖人様が身延にお入りになり、法華経の講義をされた時、日興上人が内容を書き留めたものだそうです。
全部で229箇条から成り、今回のものについては法華経の法師品第十の中に15の大事な内容があるとして、その7番目に当たるものだそうです。
『軌(き)』とは道・法則・手本の意で、つまり3つの法則という意味。
三大秘法を修行する者は『衣・座・室』の『三軌』と徳が具わるのだと教えて頂きました。

即ち『衣』とは『柔和』と『忍辱(にんにく)』。
『忍辱』にも二種あり、即ち『生忍』と『法忍』です。
『生忍』とは生きている者に対して耐え忍ぶ心
『法忍』とは環境や条件などに対して耐え忍ぶ心

講話のこの部分の中で特に私が心に響いたのは「これらは我慢や妥協では決してありません。」とのお言葉でした。

かつて御住職が「この修行は難行・苦行ではない」と仰ったことを思い出しました。
顕正会でも『思念堅固・大忍辱力』と教えますが、正しく徳が具わることはないので、どうしても本質的には我慢・妥協となり、自分を追いつめるか、諦めるかのどちらかになってしまいます。結果的に極まった『我慢』は精神病を誘発し、どれだけ多くの幹部会員が苦しんでいることでしょう‥。それから先日、記事でも書きましたがゼブラさんに言い放った副総男子部長さんの心なき言葉こそ正に『妥協』の姿。耐え忍んで法を説き切る徳が全く具わっていない事、大幹部が自ら現証をもって示してくれました。
日蓮正宗では、掘り下げて、細かく、解り易く指導して下さいます。この事こそが、実際に中身が伴い、事実の上に現証として顕れる事を証明しているのだと思います。


そして、『座』とは
差別にとらわれず平等な視点から物事を判断できる徳なのだそうです。
身命を惜しまず、この身を御本尊様に捧げるとの信心ある中に自然とこのような徳が具わってくるのだそうです。
御住職は常に私たち信徒に対し平等に接して下さいますし、個人的な感情抜きに分け隔てなく指導下さいます。
正にこの御僧侶の姿こそ何よりの証明です。一度も会った事がない顕正会員さんは勝手な悪口をいう事は慎みましょう。

「若し謗法ならば、亡国堕獄(だごく)疑い無し。凡(およそ)謗法とは謗仏謗僧なり。三宝一体なる故なり。是(これ)涅槃経の文なり。」(真言見聞)
です。

最後に『室』とは慈悲のこと。
仏の大慈大悲と一体になることを『如来の室に入る』というのだそうです。
『抜苦与楽(ばっくよらく)』の慈悲の徳が自然と具わってくるのだと教えて頂きました。

今回の御講では具体的に、且つ解り易く、一体どのような功徳が顕れてくるのかを教えて頂きましたこの先自身の信心が懈怠に陥りそうな時は、御住職から頂いたこの『衣・座・室』の指導を事あるごとに思い出し、都度信心を奮い立たせていきたいと思います

[ 2014/03/11 19:56 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(0)









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