スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] |トップページへ戻るスポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

H26/4/30 セロリさんにお会いしました

今日、顕正会の破折を中心にブログを書かれている「セロリさん」が、急遽、私達に会いに群馬へ来て下さる事となり、短い時間でしたが、初めて会ってお話をする事ができました
車で千葉から群馬まで、雨の中、なんと片道3時間もかかったという事で、こちらとしては大変有難い限りでした

私個人として、セロリさんには大変な御恩があるのです

初めてセロリさんとお話したのは私がまだ顕正会員の時の事、電話で約2時間に亘って、頑迷極まる私に対し、懇切丁寧に顕正会の誤りを教えて下さいました
その時初めて顕正会の本尊は『ニセ本尊』という事を教えて頂いたのですが、当時の私は「この人は一体何を言っているのだろう?」と思ってしまい、また同時に、自分の拝む対境をバカにされた様な感覚となり、怒りが湧いてきたのを覚えております。
その時は、水掛け論になってしまっては意味がないと思い、自分なりに頑張って聞き手に徹した事が、「毒鼓の縁」を結び、やがて数か月後には顕正会に対する深刻な動執生疑へと発展し、気が付けば「またセロリさんにお話を伺いたい」と自分から求めて電話をする様になっていきました。
最終的には、自宅近くの宗門末寺の門を叩き、そこで初めてお会いする日蓮正宗の御僧侶の御徳に接し、そこのお寺での御授戒を決意するに至ります。
というわけで、結局セロリさんとは別の支部という形になってしまったわけですが…

まぁ間違いなくセロリさんがいてくれなければ、私が日蓮正宗のお寺の門を叩くというところに至らず、今もまだ顕正会員として悪業を積み続けていたことでしょう

御住職様と同様、セロリさんは私にとって「命の恩人」なのです

本日は、諸天の御計らいか、仕事があり得ないほど早く終わり(ほぼ定時)帰りの道路の流れも順調で、予想よりも早くセロリさんとお会いする事ができました

その後、たった2時間半という短い時間でしたが語らう事ができ、大変に有意義なひと時とさせて頂きました
スポンサーサイト
[ 2014/04/30 23:07 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(4)

H26/4/29 六根清浄の果報「他人に与える自身の印象の変化」

一昨日の日曜日、日帰りでしたが、祖母の見舞いで郷里の長野市に帰省しました。
生憎、祖母は急に熱を出してしまったそうで、そのまま病院で検査、入院となってしまい、会う事ができませんでした。
わざわざアルバイトも休みをとって駆け付けてくれた「妹」も残念がっておりましたが、久々の再会という事で、そのまま近くのカフェでお茶をしようという運びとなり、近くのイタリアントマトに入店しました。
コーヒーを注文するためにレジに並んでいると、なんと偶然にも私の前に並んでいた方が、昔同じ職場でお世話になった懐かしの方だったのです
思わずこちらから声をかけると、その方は大変驚き、また喜んで下さいました。

実はこの方、もう3~4年前の事なのですが、私が「顕正会の勧誘をするため」にわざわざお会いしたのが最後でした‥

お一人での入店だった様なので、生意気にも隣席にお邪魔し、10分程お話することができました

すると、「印象が変わったので一目見て誰だかわからなかった。昔はトゲがあるような、ツンツンした感じだったが、今はとても柔らかくなった。」
と、思わぬ励ましのお言葉を頂いたのでした

そこから自然と、実は前からお話したかった「顕正会をやめた」事をお伝えする事ができたのでした。

以前は閉鎖的、利己的な思考に支配され、常に成果に追われ、余裕がなかったために、この方に限らず他の方からしてもその様に思われていたに違いありません。
更にその方は「顕正会をやめられて本当に良かったね良い人生経験になったね、また宜しくね
と仰り、別れ際には握手まで求めて下さいました

日蓮正宗に移ってより、今まで疎かしてきた「人との縁」「恩を尽くす」という事を大事にしながら生活する様に心がけておりますが(というか、以前はその様にしたくてもできる境界ではなかった)、その様な普段の意識、真心が形となり、「人間の温かさ」となって返ってきた事で、大変報われた思いとなったものです。

因みに、その前日にはお寺にて、支部の婦人部長さんにも同趣旨の事を言われたのです。

「初めお寺で会った時はトゲトゲしかったが、現在は表情も柔らかく、接しやすくなった」と。

いずれにしても、非常に良心ある方々なので、私を励ますためにこの様な事を言って下さったのだと思います。それにまだ正法を護持して半年もたたぬ故、日蓮正宗で得られる本当の功徳というものを実感するにはまだまだほど遠いところだと思います。
しかし一分でも「六根清浄の果報」を他に証明し、自分でも認識できた事は本当に有難い事です

また、一昨日の懐かしの方とのお話の中で、他に私が顕正会時代に入会させてしまった方の居場所も知ることができました
全く連絡がとれなくなってしまっていたので、時々気にはしておりましたが、思わぬところで情報を得る事となり、この様なことも「御仏意なんだな」と感じたものです。
[ 2014/04/29 15:48 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(0)

「お願いします!」はこちらのセリフでした

顕正会では会合後の打合せや電話報告の度、必ず最後に上長の方から
「では、しっかりお願いします!」
とか
「っという事でお願いします!」
と言うのが決まり文句になっていますね。
言わないと、締まらないのでしょうかね?

疑問なのは
「一体何をお願いされるのか?」
という事…

大願は一生成仏と広宣流布。
一生成仏は自身が自ら求めて、能動的に信心活動し、積功累徳していく中に、得られる究極の果報。
広宣流布は仏様の大悲願力による「御本仏の御化導」です。

顕正会の上長さん達に頼まれる事は何もありません。
頼まれても、お願いされても、信仰心は芽生えません。
上長さん達もお願いする対象は後輩にではなく仏様に対して、のはずです。
仏様に私たちの心を合わせていく修行であって、上長さん達は仏様ではありません。

浅井会長も仏様ではありません…

上長さん達がお願いしたいのは「数の獲得」です。
自分の組織が「他の組織から見て沢山証拠を頂いているすごい組織」「先生に認めてもらえる」
との私欲・名利の言葉です。「悦」の欲です。

本当にお願いしたいとしたら、それはむしろこちらの方からです。
「後輩を教導する力」「礼節を弁えた振舞」「尊敬に値する求道心」
しかし在家のおじさんやおばさんにこちらが求めているものは生憎持ち合わせていなかったのです。
だから私は、これらの徳をお持ちの「日蓮正宗の御僧侶」の元へ移りました。

まともな仏道修行がしたい。

考えるのは、「臨終の事」「後生の事」です。

中身のない、目先の頼まれ事をこなす事で一杯一杯になって、本質を見失ってはいけません。

皆、言う事が違います

現在、顕正会では浅井会長の「2020年代は広宣流布の決戦場」との発言が拡大解釈されているのか、各部の部長さん達を始め、ほとんどの幹部が、口を揃えて「広宣流布まであと6年」と会員に指導している状況です。
しかしそれは会の「中」へ向けての掛け声として定着しているわけであって、「外」であるこちらの方からは、その事にはあまり触れてほしくない様な雰囲気ですね

この「あと6年」という事は一体どういうイミなのか、私が今まで顕正会の数人の幹部さんに詰めて聞いてみた結果、3パターンの返答が確認されました。

1、絶対あと6年と言い切る!

2、浅井会長が明確に「あと6年」と発表したわけではないので、あくまで2020年代である。その様に揚げ足を取って何が言いたいのか?

3、「6年」というのは会員を励ますための方便である。だから別にそれが1年だろうと10年だろうと何だって良いのだ。

1番は総支隊長補さんの返答でした。
「絶対なるから!見ててよ!絶対だからさ~!!」
と、自信満々でした。
ウソも百遍言えばホントになると思っている、詐欺師気質ですね!
顕正会の大幹部としては立派です!
私は顕正会時代にはそこまで言い切れませんでした!
平成2年の入会だそうで…
過去の浅井会長の「当たらぬ予言集」を良く確認してもらいたいものですね‥

2番は隊長さんの返答でした。
人間としてはこの返答が一番まともなのかな?と。
しかしきっと、後輩には「絶対にあと6年」徹底して指導しているのかもしれませんね。
ただ、部長さん達が口々に「6年」と言い切っているのは事実なんですよ…
会長の娘さんだって公言しているのですから。
その理由を良~く考えて下さいね。
指導の内容を会長先生が知らないはずがないのです。

3番は副長さんの返答でした。
これは一番自分勝手というか、慢心しているというか、かなり悩乱してますね~。
あまりにも根拠のない事を軽々しく他言するものではありません。
会長や自分より役職の上の方の発言を完全に無視した考え方です。
まぁ、その様に説明するしかない心境はわからなくもないですが…

こんなに皆さんの言うことがバラバラなのに、良く「異体同心で麗しい団結」なんて言えたもんですね

ブログリンクの追加

ご紹介が遅れてしまいましたが、この度、当ブログのリンクコーナーを改めさせて頂きました

追加のリンクは

「ポリ銀」様のブログ、タイトルは「自受法楽 自体顕照」

「上条2057」様のブログ、タイトルは「顕正会で騙された 日蓮正宗に入れてよかった」

です

あと、誠に勝手ながら、長く更新が滞ってしまっているブログ様に関しては、今回リンクコーナーから外させて頂きました

猶、当ブログでは引き続きこれからも顕正会批判や活動日記、元顕正会員の角度から見た日蓮正宗の素晴らしさを精いっぱい書かせて頂き、自身の化他行の一貫として破邪顕正の情報拡散に努めたい思います

それから、やっと当ブログのアクセス数が、5000PVに届いた模様です。
ポリ銀さんにおかれましては30万PVおめでとうございます
「影響力の差」ですね
自行に影響のない程度に、頑張ります
読者様におかれましては、拙く、ありのままの“ミミの”ブログ、「顕正会 衝撃の真相」をどうかこれからも宜しくお願い申し上げます
[ 2014/04/21 23:18 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(0)

H26 4/20 支部総登山

今生で3度目となった御登山
今回、富士山は姿を見せず残念でしたが、内容は実に濃く、大変充実した意義深い一日となりました

というのは、

1、御法主上人猊下にお目通りが叶った事。
2、元顕正会員「5名」の初登山が叶った事。
3、無二の同志「鼠さん」と久々の再会が叶った事。
4、御開扉の後、下条妙蓮寺様に参詣させて頂けた事。

まるで一週間分の出来事が集約された如くの一日でした

まず午前中は「お目通り」と「猊下様と写真撮影」、そして客殿にて「布教講演」でした。

お目通りは、内事部を通り大奥の対面所にて、

DSC_0451 1
DSC_0450.jpg
DSC_0453.jpg

写真は内事部の中からの撮影、内事部から見た客殿と、きれいな庭園

DSC_0454 1

いよいよ、大奥手前です。

そして猊下様より直接の御指南を賜りました

写真撮影が終わり、客殿へ移動

そこでも有難い事に、なんとたまたま布教講演を「最前列」で拝聴させて頂く事ができました

御僧侶方や日興上人様御書写の御本尊様、御影様を間近で拝す事ができました

後に昼食をとり、奉安堂へ

御影堂を通り奉安堂へ抜ける途中で撮影↓

DSC_0459 1

御影堂の裏にて↓。右奥に奉安堂がチラリと拝せます。

DSC_0460 1

御開扉の後、妙蓮寺様へ参詣。
ここでは、東京第一布教区の支部の方と出会い、色々とお話することができました
そのまま5時の勤行に参加させて頂きました

写真は妙蓮寺様の客殿。まだ桜が残っていました

DSC_0464 1
DSC_0465.jpg

DSC_0466.jpg

妙蓮寺様の山門(反対側から撮影)

あっという間の一日でした
[ 2014/04/21 22:34 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(10)

顕正会「南無日蓮大聖人」という本について

顕正会員さんは「日蓮大聖人正伝」という本を恐らくは御存知ないかと思います。日顕上人が監修され、大日蓮出版から発行されている書物ですから、顕正会員さんからすれば「読んではいけない書物」「謗法の書」という事になってしまうからですね。
この本はどのような内容のものかというと、宗祖日蓮大聖人の御化導、御在生であらせられた時の具体的なお振舞いについてに著された一書で、顕正会で言うところの「南無日蓮大聖人」と同じ様なニュアンスで書かれたものです。

しかし、
顕正会から法華講に移られた方など、両方読んだ事のある方なら皆気付かれた事と思いますが、

「顕正会が南無日蓮大聖人の発刊に当り、明らかに日蓮大聖人正伝を意識しているとしか思えない程、その内容や掲載写真が酷似しているのです。」

以下。比較してみて下さい。

DSC_0460.jpg
↑これが顕正会発行の「南無日蓮大聖人」ですね。


DSC_0457.jpg

↑が「南無日蓮大聖人」。 ↓が「日蓮大聖人正伝」。

DSC_0459.jpg

------------------------

DSC_0454.jpg

↑が「南無日蓮大聖人」。 ↓が「日蓮大聖人正伝」。

DSC_0451.jpg

この伊豆配流について書かれたところのお写真は「全く同じものを使用している」事がわかります。

その他のお写真や言い回し、表現についても、「真似て書いた」としか思えない程その内容が酷似しているのです。
ここで注目すべき点は、「日蓮大聖人正伝」の初版は昭和56年10月13日。

対して、顕正会の「南無日蓮大聖人」の初版は昭和62年12月13日。

つまり「日蓮大聖人正伝」が発行され、その6年後に顕正会が「南無日蓮大聖人」を発行しているのです。

「だから何?」と言われてしまえばそれまでですが、この様な「パクリ疑惑」が契機となって、顕正会の誤りに気付く事ができたという人も中にはいるので、敢えて紹介させて頂きました


H26 4月度 御講 『壇越某(それがし)御返事』

『壇越某御返事』(だんのつそれがしごへんじ)

各々の御身の事は此より申しはからうべし。さでをはすることこそ法華経を十二時(じゅうにどき)に行ぜさせ給ふにては候らめ。あなかしこあなかしこ。御仕官(おんみやづかい)を法華経をおぼしめせ。「一切世間の治生産業(じしょうさんごう)は皆実相と相違背せず」とは此なり

------------------------

この御書は、弘安元年(1278)4月11日、大聖人様御年57歳の時、身延にてお書きになられたもので、宛名がないので何方に宛てられた御書かハッキリとはわからないのですが、恐らく四条殿ではないかというのが今のところ一般説だということです。
今回の講話を拝聴させて頂き、私が殊に有難かったのは「仕事をするという事に関して信心上どのように考えれば良いのか、ハッキリとした答えが頂けた」という事です。
『御仕官を法華経をおぼしめせ。』とこの一節は私も顕正会時代には何度も耳にしましたが、一体この御書がどの様な背景があって著されたものなのかということや、前後の文が不明であった為、今一つ内容がピンときませんでした。

この御書を賜ったとされる四条殿はこの時、江間家という主君への奉公を退き、出家をしたいという願望を懐いておりました。つまり、現在の仕事を辞めてお坊さんになりたいと思っていた様です。
なぜ辞めたかったかというと、仕事の立場上で様々な怨嫉を受けていたとされており、現在の環境を変えたいとの考えから大聖人様にご相談されたのではないかといわれている様です。

しかしその様な四条殿のご相談に対し、大聖人様は
「さでをはすること」
つまり、「そのままでいること」
そして、
「法華経を十二時(じゅうにどき)に行ぜさせ給ふ」
とは、「24時間法華経の修行をしていること」
繋げて拝すると、
「そのままでいることが常に法華経の修行をしている事となる」
と、仰せられ、続いて、
「御仕官(おんみやづかい)を法華経をおぼしめせ」
と、四条殿に対し、
「仕事も仏道修行である」
と仰せられます。

四条殿が出家したいと言ったのは、実際どこまで本気で志していたのかどうかという事はわかりませんが、「妻子がいて、毎日御飯が食べられる、そういった今現在の生活は「江間家」という主君あってのことである。ならば、目の前の現実から逃げたりなどせずに、世間的にもその主君に対し「恩」を報じていく事が筋ではないか。
と、大聖人様が仰せになられるのです。

そして、その後に御住職様は、
「仕事をないがしろにする事は仏法をないがしろにすることである」
と、仰いました。

私も仕事で残業が多い日などは19時を過ぎてしまう事もあり、その日がお経日だったり、唱題会の日だったりすると、時間が間に合わない為に参加出来ず、やるせない思いに駆られる事もあります。
しかし仕事をないがしろにしない姿が、そのまま仏法の実践と教えて頂いたからには、お寺の行事に参加することだけが仏道修行ではなく、「与えられた残業もしっかりとこなす」ことこそが如説修行に当たり、正しく功徳を積む事となるのとの思いで日々お勤めさせて頂こうと思いました

顕正会の様に、御書を部分的に切り取って読むのではなく、著された背景や、本山で厳しい御修行を積まれた「御僧侶」の注釈があって初めて御書の内容を良く理解できるのであり、大聖人様の仏法を実践するに当り、必要不可欠である「大聖人様の御書を御本意のまま適切に学ぶ」という当たり前の事を、当たり前にできる立場に成れた事が本当に有難いです



[ 2014/04/15 21:56 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(0)

班長会の結集成果が落ちている実態

顕正新聞のH26/3/15号の記事の第一面にて班長会の様子が掲載されておりましたが、その記事の中で大変珍しい事に「各部班長会の参加人数の詳細」が書かれておりました
過去には毎月15日号に参加人数の詳細を連載していた時期もありましたが、最近の顕正新聞では、班長会の写真や登壇発表は掲載されるものの、参加人数の詳細が掲載される事はありませんでした
では前に詳細が掲載されたのはいつだったのでしょうか?
顕正新聞の15日号を遡って調べてみると、一番最近で前に掲載があったのはH25/8/15号でした

現在顕正会男子部においては、5万人結集大会を眼前にして、結集の戦いは最後のラストスパートにかかっているところでありましょうから、さぞ結集の人数も増えていることかと思いきや、実際に比べてみると…

H25/7月度男子部班長会…6086名

H26/2月度男子部班長会…5904名

と、実際にはかなり落としているのが現状でした

更に女子部においては、

H25/7月度女子部班長会…6925名

H26/2月度女子部班長会…6666名

と酷い落ち様です。因みに両日とも土・日の開催であるため、結集の条件はほぼ変わらないと見て良いと思います。

また「班長会」とはただの肩書で、実際には班長より下の役職の組長職の方や、役職の無い人も活動意識の高い人はこぞってこの会に参加しているのが実態なので、この数に毛が生えたくらいが実際の活動者実数と見て良いかと思われます
顕正会員さんはこの「結集の伸び率」という側面からみても、顕正会には過去の勢いはなく、既に落ち目である事を認識して頂き、根本的な誤りに気付くきっかけになれば良いと思います

顕正会「ニセ本尊詐欺」の手口を考察

「御本尊様の扱い方」ということについて、顕正会と日蓮正宗で比較すると、そこには大きな相違点が浮かび上がってきます。
それは‥
日蓮正宗ではまだ御受戒を受けていない方、正宗信徒ではない方に対しても、ドンドン御本尊様を拝させ、縁をさせます。仏縁に触れることが即折伏となり、言葉で云々よりも命で仏様を感じてもらう為です。
また、私はまだ参加したことはありませんが、御虫払い会では総本山大石寺にて数十幅の御本尊様が奉掲されます。
つまり「公」なのです。

しかし顕正会では基本的に、御本尊様を会員以外の方に見せることはありません。

ただ一つ、例外を挙げれば「隊集会や支区集会」に関しては未入信でも参加が可能ですが、必ず前列は幹部会員で埋まっており、その為に御本尊様を近くで拝す事ができる状況ではありません。

ビデオ放映も未入信で参加できますが、終始、御本尊様はお扉をお閉めしたままですね。

入信勤行の際には「入信報告書」を書き終えた入信決定者でない限り、絶対にお仏間には入れませんよね。

勿論、御虫払い会もないので、結局、会の外の人が顕正会の御本尊様を見る事は不可能です。

顕正会は基本的には日蓮正宗の教義を根本としているはずなのですが、御本尊様の扱い方という点において宗門では「公にしている」、顕正会では「隠す」といった様な、大きな相違点が生ずるの一体如何なる理由があっての事なのでしょうか。

そうですね。

「御本尊様の相貌(そうみょう)を良く知る人が近くで見れば一目瞭然。顕正会の御本尊には○○がない!部分的に削除され、画像編集して印刷したニセ物だ!という事がすぐにバレてしまうから」

ということが容易に考えられる第一の理由でしょう。

勿論、会の内部の人のほとんどが顕正会の御本尊しか見たことがないのだから判りようがないでしょうし、学会から移られた方も、元々がニセ本尊なわけですから気付かないのでしょう。
また私が顕正会員時代に感じた事ですが、顕正会の御本尊を近くで見る事に非常に「罪悪感」を感じ、あまりジッと見ると罪障を積む様な気がして、怖くなります。これは勿論全ての顕正会員さんに当てはまる事ではないと思いますが、顕正会から法華講に移った方の多くが私と同じ事を感じている様です。

私が顕正会時代に先輩から聞いた話では「ある会員さんが入信勤行を終えた際、御本尊に指をさして、入信者に御本尊の尊さを説明した。するとその紹介者である会員さんはそれからまもなく突然死してしまった。」

御本尊に不敬があったからその会員に罰が当たったのだ、と支隊長は私に説明していましたが、果たして‥。

顕正会員達は、御本尊を信奉すると同時に、「必要以上に恐怖心が植え付けられている」ということが言えると思います。

そもそも、彼らはその御本尊について正しく学ぶ機会もありません。
教義信条に基づいた御下附の正式な手続きなど、知り得る機会がないのです。
だから、「大幅の御形木御本尊」と言われても、何か疑問を懐くということはありません。

「一念信解」というのは、会員に何も教えないことを美化して誤魔化しているだけのことです。

極めつけは、日蓮正宗の正しい御本尊に謗法意識の植え付けが行われているということです。

つまり「常住御本尊様」を目に入れさせないようにしています。

従って、顕正会員は比較対象物ないので、顕正会の御本尊に対し懐疑心を生ずることはありません。

外には御本尊を隠し、内に対しては顕正会の本尊に対して疑問を懐かせない様に、都合良く管理されていることに非常に悪意を感じます









上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。