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「日顕上人は浅井先生の法論対決から逃げた」との邪難について

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『顕正会会長 浅井昭衛の“最後に申すべき事”を砕破す』

この本の存在を知る顕正会員さんは極めて少ないと思われます。

この本は題名の通りですが、あえて説明させて頂きますと、顕正会浅井会長が『最後に申すべき事』と称す一書を著し、当時猊座におられた日顕上人に対して送付したものを、日蓮正宗青年僧侶邪義破折班が日顕上人に代わり、その内容について徹底的に破折し、顕正会浅井会長に返送されたものです。

大聖人様が「開目抄」の中で仰せの、

「智者に我が義破られずば用いじとなり」

とは、勿論、大聖人様の義は断じて破られぬとの御聖意が込められているものと拝するものですが、翻って、万一にもその法義が破られた場合には、道理に従い相手を用いるに至るという意味も含まれるのではないかと思います。

確か、顕正会は「日本で唯一、大聖人の仏法を清く正しく実践している団体」のはずですね。

日蓮正宗の御僧侶方を腐敗・堕落と蔑(さげす)むのであれば、このような返書など、顕正会が護持するはずである清く正しい法義と、浅井先生の卓越した教学力あれば早々に一蹴することなど本当は朝飯前なのではありませんか?

浅井会長がなぜ『最後に申すべき事』を著し、なぜわざわざ御法主日顕上人に送付したのか、その契機や、どのような背景があったのか、知る由もない顕正会員さんにまずは教えて差し上げたき事があります。

以下。『顕正会会長 浅井昭衛の“最後に申すべき事”を砕破す』から引文させて頂きます。

「日蓮正宗では御法主上人の指揮の下、汝を含む様々な異流儀教団を折伏しているが、その中でも総本山塔中理境坊の講中である妙観講では積極的に顕正会への折伏を展開し、顕正会では脱会者が相次いでいたのである。折伏活動が積極的に展開される中、法華講員に屈服させられてもなお汝を盲信する哀れな顕正会員は、浅井会長なら顕正会の正義を証明してくれると考え、「浅井会長をお連れするから、大草講頭と浅井先生で、ぜひ、法論して頂きたい。」と汝を日蓮正宗法華講大講頭で妙観講講頭の大草一男氏との法論対決を申し出たのである。大草氏は即刻喜んで受けて立つ旨を顕正会に伝えたが、汝は今までの経緯からして勝ち目がないと考えたのであろう、さりとて会員の手前逃げるわけにもいかない。そこで汝は宗門が応じるはずのない無理難題を御法主上人につきつけて“対決”なるものを要求し、結果的に大草氏との法論対決の回避を狙ったのである。つまり“完全に逃げた”のは汝なのである。まさに汝こそ“対決を為し得るはずもない”卑怯者ではないか」

数か月前、私はある宗門末寺である御尊師からお聞きしました。その御尊師はたまたま大草大講頭と総本山で居合わせる機会があり、そこで直接お話しをした際に、その法論の事について少々訊ねてみたそうです。大草大講頭は浅井会長との対決について「いつでも受けて立つ」と堂々と仰っていたそうです。

そして更に、最近では法華講員樋田昌志さんが三度の公開対論、及び、公開文書対論を要求されましたが、今回も浅井会長はどうやらだんまりを決め込んでいる御様子。

樋田晶志さんは最初の『公開詰問状の中』で、

「貴殿がこれを受けなければ、顕正会員等が嘯く「日顕管長が臆して対論から逃げている。」との戯れ言はそのまま、
「浅井先生は法華講員からの正式な公開対論申込み状から逃げている」と、貴殿自らが受けかぶることになる。
貴殿が、当方を「無位な一痴犬」と蔑んで、法論から逃げるとするならば、貴殿自身も、日顕上人から見れば「ただの異流儀の謗法者の与太者・一痴犬」程度であるから、相手にされないのと同様である。
貴殿が、当方を「程度が低過ぎ、馬鹿馬鹿しくて相手にしない」というならば、貴殿自身も、日顕上人から同様な理由で「相手にする価値なし。」と言われたとしても、言い逃れができない理屈である。」

と仰せです。

浅井会長は法華講員からの法論や文書対論さえ応じません。

しかし日蓮正宗は正式に浅井会長の法論申込みに対し、法に則した然るべき対応をしてきているのです。

顕正会員さんはあの「最後に申すべき事」に返書があったことや、一法華講員から公開対論を迫られている事は一切知らされません。

続いて、御在世、大聖人様のお振舞を拝してみます。

大聖人様は身延を下山し、池上邸に向かわれる道中、山門の衆徒二階堂伊勢入道の子息“伊勢法印”が同宿の十余人、若党三十余人を引き連れ、「日蓮と問答すべし」と乗り込んできた。大聖人様ははやる弟子一同を制止し、

「卿公、問答せよ」

と、日目上人に命ぜられたのです。
そして大聖人様はこの問答の勝利を報告した富木常忍に対して、

「さればこそ日蓮が見知りてこそ卿公を出だしたれ」

と仰せになられているのです。このことは以前に浅井会長もお話されていましたので、多くの顕正会員さんは御存知かと思います。

しかし、果たしてこの伊勢法印からの法論申込みに、大聖人様は「逃げた」といえますでしょうか?

大聖人様が法論の場に出てこなかったからといって、大聖人様は卑怯者である、その門下はことごとく謗法である。と断定するのでしょうか。

代わりの弟子に法論させるという事は御在世から行われてきた事実があるようです。

日顕上人が直接法論に応じないからといって、ただちに「逃げた」と断定するなどという事は、大聖人様が伊勢法印との法論から逃げたというに等しいのであり、正直な顕正会員さんは確りとした事実を知り、冷静に考えれば、浅井会長の屁理屈と、いかにつまらない難癖であるかという事が浮かび上がってくるはずです。

続く。
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樋田昌志さんが浅井会長へ三度目の公開詰問状

セロリさんのブログに掲載された法華講員樋田昌志さんの浅井会長へ向けた三度目の公開詰問状を転載致します。
仏法の事をしっかりと学ぶ機会のない顕正会員さん達にとってはこの内容は大変難解だと思われますが、自宗の教義が論破されているのだから、会員さん達は最低限、文章の表面上の意味合いだけでも理解できるように研鑽(けんさん)するなど、仏弟子としての然るべき努力があっても良いと思います。
きっと今回も浅井会長は「見なかったふり、聞かなかったふり」をするのでしょうから、結局会員さん達が頑張って対応するしかないのですよ。
いつか浅井会長は「大聖人の弟子という面目にかけて」なんて仰っていましたが、以下会員さんは師匠と仰ぐ会長に御心に同心して、面目とやらをキチンと示してもらいたいものですね。
無反応というのは卑怯千万です。
以下。

―――――――――――――――――――――

顕正会会長(※登記上は次男城衛氏に代表役員職を譲ったが、未だ実質的な会長) 浅井昭衛殿 
    
         日蓮正宗法華講員 樋田昌志
貴殿に対し三度目の破折・諫暁として一文を送付し、公開対論もしくは公開文書対論を要望する。
一、僧宝に対して貴殿の大謗法行為を呵責する。
貴殿の信仰姿勢は以下の御文・御指南に悉く反する故に大謗法である。
■ 凡(およ)そ謗法とは謗仏謗僧なり。三宝一体なる故なり(真言見聞 文永九年七月 五一歳 608)
御法主上人をはじめとして日蓮正宗の「御僧侶を謗る」貴殿ら顕正会は大謗法である。特に御法主上人の御内証、血脈相承の当所は「三宝一体」であり、御法主上人を謗ることはそのまま仏宝・法宝を謗ることになる。これ大謗法にあらずして何であろう。
■ 次に僧の恩をいはゞ、仏宝・法宝は必ず僧によりて住す。(中略)大集経に云はく「五箇(ごか)の五百歳の後に、無智無戒なる沙門(しゃもん)を失(とが)ありと云って是を悩ますは、この人仏法の大灯明(とうみょう)を滅(めっ)せんと思へ」と説かれたり。然れば僧の恩を報じ難し。されば三宝の恩を報じ給ふべし。(中略)末代の凡夫、三宝の恩を蒙りて三宝の恩を報ぜず、いかにしてか仏道を成ぜん。(四恩抄 弘長二年一月一六日 四一歳 269)
 大聖人様の「仏宝・法宝」は必ず「僧」に依りて相伝・伝持され末法尽未来際まで久住するのである。
この意義は別して、戒壇の大御本尊の御内証は唯授一人・血脈相承により、尽未来際まで代々の御法主上人により相伝・伝持されていくのであり、その証左として御法主上人はこの世で唯一御本尊の書写を為される御方なのである。
貴殿には相伝もなく、もちろん御本尊を書写できる筈もない立場のくせに、御法主上人をはじめ宗門御僧侶を誹謗している。
が故に破門され、顕正会には尊仰すべき血脈正統なる「僧」がいない。
であるから顕正会には「仏宝」も「法宝」も存在しない。
つまり貴殿らは仏法僧の三宝が存在しない邪道を夢中に行じているだけである。
そんな貴殿らがどれほど会員を勧誘してもそれは絶対に正当な「広宣流布」とはならない。百害あって一利なしである。
 貴殿らは末法の唯一正統の下種仏法を伝持されている御法主上人を悪罵し謗っている。まさに大集経の御文の如く「仏法の大灯明」を滅ぼさんとする大魔族の輩である。
 仏法僧の三宝の恩を報じていくことが成仏の道であるのに、貴殿らはその中でも、特に「僧」の恩を報じていない。
「僧」こそが「仏」と「法」を正統に伝持しているのである。「僧」の恩を報じていないということは、つまりは「仏」と「法」の恩をも報じていないことである。
結局「三宝」の恩を報じていないことになり、成仏など思いの外、三悪道に堕ちる大逆罪の集団である。
■ 華厳経に云はく「恩を知らざる者は多く横死(おうし)に遭(あ)ふ」(四条金吾釈迦仏供養事 建治二年七月一五日 五五歳 994)
三宝の恩を報じていない貴殿らは多く横死(殺害されたり、災禍などのため、天命を全うしないで死ぬこと。不慮の死。非業の死。)に遭うであろう。御金言は絶対である。
これは顕正会内に不慮の災難死・事故死・自殺・若くしての病死などが多くないか、よくよく会員内の厳証を確認してみるべきであろう。
顕正会内外で誰もが貴殿の後継者と目されていた長男克衛氏が顕正会の活動の最前線から姿を消した。
これなども「恩を知らざる者は多く横死(おうし)に遭(あ)ふ」との御指南と関連しているのではないかと危惧されるところである。
■ だんな(檀那)と師とをもひあわぬいのりは、水の上に火をたくがごとし。(四條金吾殿御返事 建治三年四月 五六歳 1118)
「檀那」とは在家信徒であることは論を待たない。では「師」とは檀那とは別の「師」であるから当然「御僧侶」ということになる。(間違ってもただの俗人である貴殿ではない。)
御法主上人をはじめとして日蓮正宗の御僧侶を完全否定している貴殿らの祈りは全く叶わない。ということである。
貴殿が掲げる「何年までには顕正会員何万人!」との目標が悉く達成できず、数値目標がいつの間にか下方修正されているのも、まさに貴殿の祈りが叶わない証拠ではないか。
■ 在家の御身は、但余念なく南無妙法蓮華経と御唱へありて、僧をも供養し給ふが肝心にて候なり。(松野殿御返事 建治二年一二月九日 五五歳 1051)
御僧侶を供養していない貴殿らは、例え南無妙法蓮華経と唱えても、全く大聖人様の御心に叶っていないが故に功徳なし。のみならず、大謗法の果報で貧・病・争などの厳罰が多発しているのが現状。
■ 皆人の此の経を信じ始むる時は信心有る様に見え候が、中程は信心もよは(弱)く、僧をも恭敬(くぎょう)せず、供養をもなさず、自慢して悪見をなす。これ恐るべし、恐るべし。始めより終はりまで弥信心をいたすべし。さなくして後悔やあらんずらん。(新池御書 弘安三年二月 五九歳 1457)
 
貴殿も元は日蓮正宗に所属する妙信講員であり、その時は一分の信行があったであろうが、徐々に純粋な信心を失い、今はまさに御法主上人を誹謗し御僧侶を恭敬せず、供養もなさず、自らを慢じて邪見・悪見・愚見・痴見を連発している。
この大謗法の果報で今生では災いが重畳し、後生には無間地獄必定である。
これ実に恐るべきことである。命終の後、無間地獄に堕ちた時に後悔しても最早手遅れである。
■ 末代の衆生は法門を少分をこゝろえ、僧をあなづり、法をいるが(忽)せにして悪道におつべしと説き給へり。法をこゝろえたるしるしには、僧を敬ひ、法をあがめ、仏を供養すべし。(新池御書 弘安三年二月 五九歳 1461)
これまさに貴殿の邪態を指弾された御文ではないか。
正統な法門を伝持相伝される立場でもない俗人の浅はかな頭のくせに、法門を少しばかり読み散らかし、全てを知った気になって増上慢となり、あろうことか大聖人様以来の深秘の法門を唯授一人・血脈相承されている日達上人を誹謗し悪罵する。
その結果、戒壇の大御本尊への参詣の道も断たれた無様な姿を「遥拝勤行」などという誑惑で会員を謀り、更には正統な本尊に困り結果ニセ本尊を乱発するに至る。なんと惨めな醜態か。
真の信仰の道を進んでいるという証拠というのは、御法主上人をはじめ日蓮正宗の御僧侶を敬い、現に戒壇の大御本尊様の御前に詣でて信心の誠を尽くすことである。
どんな邪説を百万言並べても、全てこの御文によって木端微塵に打ち砕かれているのである。
貴殿も死期がそう遠くないであろうから、今ここで深く反省懺悔すべきである。
■ 後世を願はん者は名利名聞を捨てゝ、何に賤(いや)しき者なりとも法華経を説かん僧を生身の如来の如くに敬ふべし。(新池御書 弘安三年二月 五九歳 1461)
貴殿は無間地獄は必定である。しかし真にそれを畏れ免れたいと願うならば、まず下らん名聞名利を捨て、全ての顕正会員の前で自らの非を詫び、現時において唯一「法華経を説く=御本尊書写ができる」御法主上人をまさに生身の大聖人様と拝すべきである。
相伝・相承のないただの俗人の貴殿などが日蓮正宗に背いてできることといえば、せいぜいニセ本尊を印刷する大謗法行為ぐらいであり、どう背伸びしても御本尊を書写できる御立場の御法主上人とは天地雲泥の差なのである。そんな者が何を小賢しく喚いてみても犬・野干が吠えるがごときである。
会員に自分に対して「伏せ拝」などさせて悦に入っているどころではない。
自分が御法主上人の御前で額ずき大謗法の前非をひたすら悔いて詫びることが貴殿に残された唯一の救われる道である。
■ 止観に云はく「師に値(あ)はざれば、邪慧(じゃえ)日に増し生死月に甚だしく、稠林(ちゅうりん)に曲木を曳(
ひ)くが如く、出づる期有ること無し」云云。凡そ世間の沙汰(さた)、尚(なお)以て他人に談合す。況んや出世の深理、寧(むし)ろ輙(たやす)く自己を本分とせんや。(蓮盛抄 建長七年三四歳 29)
御法主上人を師と仰がない貴殿は、日に日に邪な智恵を増し、生老病死の迷い苦しみは月々に重畳し、我慢偏執の隘路に迷い込み決してそこから脱出することはできない。仏法の師を離れて即身成仏という大難事を己が浅智浅見で叶うはずがないのである。よくよく肝に銘ぜよ。
■但し直授(じきじゅ)結要(けっちょう)付嘱は唯一人なり。白蓮阿闍梨日興を以て総貫首と為し、日蓮が正義悉く以て毛頭程も之を残さず、悉く付嘱せしめ畢んぬ。上首已下並びに末弟等異論無く尽未来際に至るまで、予が存日の如く、日興が嫡々付法の上人を以て総貫首と仰ぐべき者なり。(百六箇抄 弘安三年一月一一日 五九歳 1702)
唯授一人・血脈相承の御法主上人に対して「異論」を差し挟んで「総貫主」と仰げない貴殿はこの御指南に背く大謗法である。
もし当該文を「後加文」ということで言い逃れをするようであるならば以下の御指南をよく拝せ。
【関連】●第六十五世 日淳上人全集
百六箇抄については香浦氏は「その成立を大聖人の時ではなく後世であるか」の如く評してをるが、(中略)しかし察していへば恐らく同抄の後尾に明らかに大聖人の御時でないことが書かれてをるからそれを理由に言ふのであらうと思ひます。若しそうであるならばそれは御相伝書の拝し方を知らないのによります。御相伝書は順次相ひ伝へるに従つて加筆があつてもそれは当然です。それが相伝書の相伝書たるところで僞作ででもあるかの如く考へるのは全く書物の読み方も知らないうつけ者です。そんなことでは仏法の筆受相承などのことを談ずる資格は遠くありません。顔を洗つて拝し直すことです

■ 戒壇とは、王法仏法に冥じ、仏法王法に合して、王臣一同に本門の三秘密の法を持ちて、有徳王(うとくおう)・覚徳比丘(かくとくびく)の其の乃往(むかし)を末法濁悪の未来に移さん時、勅宣(ちょくせん)並びに御教書(みぎょうしょ)を申し下して、霊山浄土(りょうぜんじょうど)に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立すべき者か。時を待つべきのみ。事の戒法と申すは是なり。(三大秘法稟承事 弘安五年四月八日 六一歳 1595)
貴殿が無智な顕正会員を誑惑している御文であるが、ここに■「有徳王(うとくおう)・覚徳比丘(かくとくびく)の其の乃往(むかし)を末法濁悪の未来に移さん時」とある。広宣流布が達成すべき時の条件を明確に示されている。
つまり、浄心に信行に励む有力在家信徒が、唯一正法を持つ御僧侶(時の御法主上人)を不自惜身命で御護りする、その確たる僧俗一致の体制が現出することが広宣流布が達成するための必須条件である。
貴殿はその唯一正法を持つ(=御本尊を書写できる)御僧侶(=御法主上人)を誹謗している。
そんな不浄不潔の不信心な輩など広宣流布を担う資格など毛筋ほどもない。この御文を百万回読んでよくよく我が身の大謗法を知れ。
■ 師弟相違せばなに事も成すべからず(華果成就御書 弘安元年四月 五七歳 1225)
現時における仏法の手続ぎの師である御法主上人を誹謗する貴殿は、何をどうあがいても何事も成就しない。
貴殿の長男克衛氏が顕正会の跡継ぎを失職したのもその厳証であろう。
顕正会の未来が実に暗澹たることを貴殿も心底では感じ嘆息していることであろう。
■ 比丘(びく)の信行は俗の修学に勝る。又比丘の信行は俗の終信に同じ。俗の修学解行(げぎょう)は信行の比丘の始信に同ず。
俗は能く悪を忍ぶの義有りと雖(いえど)も受職の義なし。故に修学解了の受職の比丘は仏位に同じ。是即ち如来の使ひなればなり。(得受職人功徳法門抄 文永九年四月一五日 五一歳 589)
僧俗の信行の上での立場・境界の違いを明確に御指南された御文である。
俗人の貴殿などが何をどう学ぼうが日達上人には及びもつかない。
深秘中の深秘の三大秘法の御法門は唯授一人の御法主上人のみが知悉しているのである。
それを薄っぺらな法門怪釈しかできないただの印刷屋の息子の分際で日達上人を誹謗するなどもっての他の大慢心の者、大謗法である。
■ 作法の受職灌頂の比丘をば、信行の比丘と俗衆と共に礼拝を致し供養し恭敬(くぎょう)せん事、仏を敬ふが如くすべし。(同 590)
これまさに御法主上人に対する信行の在り方を御指南された御文ではないか。
御法主上人をまさに大聖人様を拝するがごとく敬まうべきである。
御法主上人を誹謗する貴殿はまさに天魔の付きたる大悪人である。
■ 我が弟子等の中にも「未得謂得未証謂証(みとくいとくみしょういしょう)」の輩(やから)有って、出仮利生(しゅつけりしょう)の僧を軽毀(きょうき)せん。此の人の罪報具(つぶさ)に聞くべし。今時の念仏・真言・律等の大慢謗法・一闡提(いっせんだい)等より勝れたること百千万倍ならん。(同 594)
これまさに貴殿のこと。浅薄な教学しかないのに慢心を起こして思いあがって御法主上人を誹謗する。
貴殿の罪は、一般の邪宗邪義謗法の輩の百×千×万倍もの重きものである。これで無間地獄に堕ちない訳がない。よくよく覚悟して行け。
●「日蓮在御判と嫡嫡代代と書くべしとの給う事如何。師の曰わく、深秘なり、代代の聖人悉く日蓮なりと申す意なり」(『御本尊七箇之相承』聖典三七九)
御歴代御法主上人は悉く(※血脈相承の当処、三宝一体の御内証において)日蓮大聖人である。との御指南である。
貴殿はその「御内証、三宝一体の日蓮」のお立場であられる日達上人・日顕上人・日如上人に対して誹謗中傷・悪口雑言を吐いている。
これまさに極悪の大謗法である。
● 師弟の道を破って唱ふる題目は失のみ来て功徳はあるべからざるなり、(第三十一世日因上人【穆作抄】富要二巻二五八)
御法主上人を誹謗してどう勤行唱題しても罰だらけで功徳はない。克衛氏の末路がその厳証か。
 
● 私の檀那の筋目之を糺すべき事、此は師檀の因縁を示す、檀那は是俗の弟子なり、故に師弟血脈相続なくしては即身成仏に非す、況や我が師匠に違背せるの檀那は必定堕獄なり乖背は即不信謗法の故なり。(有師物語聴聞抄佳跡上 第三十一世日因上人 1-247)
御法主上人に違背している貴殿ら顕正会は無間地獄必定である。
 
● 仏に通達する道程は必ず師匠に由らざるを得ず・仏の法を受取るには是非とも師範の手を経ざるを得ず(中略)
師は弟子をして先仏の法を未来に久住せしめ・弟子は師に依りて過去遠々の法を一時に受得す、(中略)
弟子は師匠を尊敬して奉上すること・三世十方の通軌(中略)師は針・弟子は糸の如く・法水相承血脈相伝等悉く師に依つて行はる、(中略)
師範より法水を受けて信心を獲得決定し給ふ(中略)
信の手続きに依りて師弟不二の妙理を顕はし・能所一体の妙義を証するを以つて本仏所証の妙法蓮華の色心は即所化の弟子の色心となるが故に・生仏一如師弟不二の即身成仏の域に達する事を得、是れ蓋し信の手続によりて生する所のものなり。(第五十九世 日亨上人 有師化儀抄註解 1-124)
即身成仏するためには、必ず御法主上人を尊仰し奉り、日蓮正宗末寺に所属し御住職を尊信しなければ絶対に叶わない。貴殿ら顕正会員は絶対に即身成仏できない。
三悪道に堕ちるのみである。その首魁である貴殿は地獄の最低最下の無間地獄に突き刺さり永劫に熱の業火に焼かれ続けるのである。
● 仏法において正法が混乱しないように相承の道を立てて明かにされているのであります。それでこの相承の跡を尋ねていけば正しい仏法か、間違った仏法かを知ることができるのであります。(第六十五世 日淳上人 日淳上人全集)
相承のない貴殿と、血脈相承明白な日達上人とどちらが正しいのか。子供でも分かる理屈である。
ただの印刷屋の息子である貴殿の主張が悉く間違っているのである。その悪義・謗説を吹聴して多くの顕正会員を惑わしている罪は誠に甚重である。
● 元来法華経と云うお経の骨子は何処にあるかと申しますると、師匠と弟子と云う関係に於て仏法を説かれて居るのでございます。つまり師弟の関係を如何に心得如何にこれを行うかと云う事が法華経の教の骨子をなして居ります。(中略)
 日有上人様は我が宗門の信仰は師弟相対して信を取る処に要があるぞと、仰せ遊ばされているのでございます。で、師の命令に対しては弟子が恐々としてこれを行うんだ、我が身を顧みずこれを行うと言ふ所に信心の要があると云う事を仰せ遊ばされておるのでございまする。(第六十五世 日淳上人 日淳上人全集 183)
貴殿は、釈尊もまた日蓮大聖人様も定められた信行の基本が全くできていなかったのである。
御法主上人の仰せに身を正して信順してこそ大聖人様の御心に通じるのである。その真逆を行く貴殿は救いようのない一闡提人である。
さて貴殿は自己正当化のための文証として
● 時の貫首(かんず)たりと雖も仏法に相違して己義を構(かま)へば之を用ふべからざる事。(日興遺誡置文 元弘三年一月一三日 1885)
との一文を引用している。
だがこの文の「之を用ふべからざる事」の「之」とは、万万が一にも生じた「己義」に対してであり、決して「時の貫主」ではない。
なぜならばもし、この「之」を「時の貫主」と解釈すると他のあらゆる御文と整合性が取れなくなるからである。
そのほんの一端を例示しよう。
例証
 ■ 大集経に云はく「五箇(ごか)の五百歳の後に、無智無戒なる沙門(しゃもん)を失(とが)ありと云って是を悩ますは、この人仏法の大灯明(とうみょう)を滅(めっ)せんと思へ」と説かれたり。(四恩抄 弘長二年一月一六日 四一歳 269)
末法の沙門(僧)の代表である御法主上人を「失あり」と糾弾し排斥したならば、それは仏宝・僧宝を伝持する仏法の大灯明を失うこととなり、結果仏法そのものを失うこととる。そういう破仏法行為は絶対に不可なのである。
 ■ 上首已下並びに末弟等異論無く尽未来際に至るまで、予が存日の如く、日興が嫡々付法の上人を以て総貫首と仰ぐべき者なり。(百六箇抄 弘安三年一月一一日 五九歳 1702)
末法万年に亘って、御歴代御法主上人を日蓮大聖人の如く尊信し、総貫首として尊仰していきなさい。との御指南である。
間違ってもその御法主上人に背反し排斥してはいけないのである。
であるから、●「時の貫首(かんず)たりと雖も仏法に相違して己義を構(かま)へば之を用ふべからざる事。」の意義は、その時代時代の様々で複雑な状況下において御法主上人が万万が一、誰が見ても明らかな「己義」と拝される言を発せられた時、その「言」を用いない。ということである。
貴殿が日達上人をはじめ日顕上人・日如上人へ対して誹謗し悪口していることを正当化できる御指南では断じてない。
よくよく肝に銘じるべきである。
二、顕正会が所持する「導師曼荼羅」について
貴殿の言
▼「このときさらに松本尊能化は、『葬儀のときに困るでしょう』とおっしゃって、日布上人御書写の『大日蓮華山大石寺』の脇書がある導師曼陀羅の御形木御本尊まで、六幅授与して下さったのであります」(『顕正新聞』平成19年10月5日号)
導師曼荼羅は、各末寺の御住職が総本山へ申請し、御法主上人が直筆で一幅ごとに書写され御住職へ授与される御本尊である。
そこには必ず、申請された末寺の寺院名と申請者である御住職の名が授与書きに銘記されている。
つまり同一の複写である「形木の導師曼荼羅」など日蓮正宗には存在しない。
ということは顕正会所持の「六体の形木導師曼荼羅」とは、解散処分後に御法主上人の允可も無く貴殿が勝手に印刷させた大謗法の「ニセ曼荼羅」ということである。
こんな極悪大謗法曼荼羅で死骨成仏・非情成仏の重大事が成就できる訳がない。
もしそれが「本物である」と主張するのならば速やかに日蓮正宗宗門に確認しその証拠を挙げて証明してみせよ。
その証明が為されない限り、当方はひたすら顕正会の導師曼荼羅はニセ本尊である旨を世に喧伝する。(もちろん既に詰問してしているが貴殿から何の証明も為されていない「大幅日布上人形木本尊」とやらについても同様である)
貴殿もかなりの高齢なのだからまだ存命中に自身の信仰上の責任として顕正会所持の本尊の真性を明白に証拠を挙げて内外に証明すべきであろう。
もしそれが出来ないのなら潔く前非を悔いて顕正会員全員を引き連れ、御法主日如上人の御前にて額ずき、大懺悔して顕正会を解散し、心からの謝罪をすべきである。
そうせずしてこのまま死期を迎えたならば、未来永劫に悔いを残すことになるであろう。貴殿に残された唯一最後の救われる道である。
以上の破折・詰問についての明晰な反駁があるならばその反論期限は平成26年8月15日とする。
貴殿の勇気ある潔い対応を心より期待する。
平成  年 月 日

H26/7/19・20 夏期講習会(青年部対象)に参加しました。(続)

<丑寅勤行>

二日目は深夜1時40分くらいに起床して行動開始です。初参加となった丑寅勤行は深夜2時半から客殿にて奉修されます。
丑寅勤行と普段行う五座三座の勤行との形式上の違いは、まず引き題目が丑寅勤行の方が凄く長い事と、五座が終わった後、猊下様が客殿左奥の遥拝所に御移りになられ、そこから更にもう一座があるという事です。
私達が猊下様と供に勤行させて頂けるのはここまでですが、猊下様はその後「六壺」に御僧侶方と一緒に御移りになられ、そこでも勤行されるそうです。
客殿に向かう途中、大石寺全体が何か神秘的なものに包まれているような感覚となりました。
深夜であるにも関わらず、大勢の人々が客殿に向かう姿を見ながら、ふと、「何もこれはその日限りの特別なイベントではなく、700年以上の昔からずっと続けられてきた儀式なんだな」と思うと、何だかそのような光景が不思議に感じてきて、とても感慨深くなりました。
猊下様の勤行のお声はとても重々しく、正にこのお声こそ「法華を心得たるもの」のお声であり、唯一、御本尊様を開眼供養せしめる権能をお持ちであられる御方のお声なのだと、感覚的に実感しました。
帰りは六壺で勤行を続けておられる猊下様の邪魔にならないよう、なるべく物音を立てず静かに退場します。

<御法主日如上人猊下御講義>

猊下様大導師の下、1時間唱題の後、御講義を賜りました。
御講義のテーマとされたのは『秋元御書』と『新池御書』でした。
秋元御書は弘安3年、秋元氏が大聖人様に皿60枚等を献上した折、お礼の文として認められたお手紙だそうです。
大聖人様は献上の品の「器」という事によせて「器」を「心身」とみたてたわかり易い御指南をあそばされ、その内容について猊下様は解説して下さいました。
また、「謗国」のお話には正法たる我々の命と、その所依となる国土の関係について、改めて再認識させて頂きました。

次いで、新池御書では文中の「法華経の行者」とは、総じては我々の事であるが、別しては大聖人様の事であると教えて下さいました。
また「仏の十号」、つまり「十種の呼び名」についてお話され、その中の一つである「如来」というのは
「かくのごとく来れる人」
と読むのだそうです。これは衝撃的でした。
更に『如我等無異』→『我が如く等しくして異なること無けれ』。釈迦仏のような色相荘厳の姿ではなく凡夫身で即身成仏の叶う有難さ。
信ずるということの大事。「信心が仏教の根本である」として、天台が立てた六即の御法門を引かれ、正法を聞くという「名字即」から一気に即身成仏の境界へ至る事ができる有難さを私達に打ち込んで下さいました。

最後に折伏貫徹に向けたお励ましのお言葉は今回の夏期講習の中で一番心に残りました。
猊下様は「折伏には様々な形があるからとにかく色々と試してみなさい。だんだん何が良いかわかってくるから」と仰せになられました。
私が現在実践しているインターネットを介した破邪顕正、謗法を指弾し、正法を弘むという事も、歴史的に古くから行われてきた手法ではないため、いわば「試し」の段階であることは否めません。しかし猊下様よりこのようなお言葉を頂けたことは今回大変な励みとさせて頂きました。

<夏期講習会を終えて>

夏期講習会出発の前夜、菩提寺の御住職様よりその意義の一つを教えて頂きました。
それは、現在の御登山は基本的に日帰りであるが、実はそれは御在世より行われてきた本来の形式とは異なっているということです。
昔は車や電車などありませんから、大聖人様の下へ行くともなれば何日もかかることは必定です。
すると大聖人様の下へついたお弟子さん達はその日に帰るということはせず、何日かそこに留まって大聖人様に御給仕などを勤められた後下山するのです。
総本山に泊まり、連続した三時眼の御講義を受けたり、続けて唱題行をこなすという事は、慣れていない者にとっては正直、心身ともにきついです。「修行」ということですね。
今回、沢山の事を学ぶことができ、非常に良い体験をさせて頂いたと思います
[ 2014/07/24 21:36 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(2)

H26/7/19・20 夏期講習会(青年部対象)に参加しました。

夏期講習会は一泊二日で、終始「信心一色」という感じでした。
まず唱題行から始まり、次いで御開扉、客殿にて三時限の御講義、そして夜にも唱題行があり、深夜二時半からは丑寅の勤行。二日目は5時15分に起床し、御法主上人猊下大導師の下一時間の唱題行、最後に御法主上人猊下の御講義。という大変綿密で濃厚なスケジュールでした。

<御開扉>
私にとって4回目となる御開扉は今までの中で一番御戒壇様に近い席での参加が叶いました。
ために後方席が埋まるまでの間、かなり待ち時間があったので、極小声で唱題させて頂きました。
御戒壇様を御護りする奉安堂の重厚な造りと、更に念を重ねた二重扉、完璧な防災対策は日蓮正宗の御戒壇様を大事にする信心の顕れに他ならぬものと、いつもながら感動を覚えます。

<御講義>
一時限目は『御命題達成に向かって』と題した御講義でした。
内容は、折伏も大事だが、「育成」という事も非常に大事なのだという事が話の中心でした。
配布されたテキストより、御法主日如上人猊下の御指南を掲載します。

「入信なさった方々をできるだけ早くお山に連れてくることが大事なのです(中略)登山したならば、また御戒壇様にお目にかかったならば必ず変わるのです」(大日蓮H22/5 P45)

「折伏したらしっかりと育成する。どのように育成するかというと、折伏された人が今度は折伏できるようにするということが大事ではないかと思います」(大日蓮H24/4 P18)

このように御講義にて何をすべきか明確に示して下さると、私達の行動の指針も定まり、計画も立てやすくなると思います。
私は折伏が化他行だというのは勿論の事ですが、「育成」も化他行なのだという自覚があまりありませんでした。
御住職様任せにせず、能動的に行動に移していくことが大事だと思いました。

二時限目は破邪顕正の実践と題した御講義。やや教学的な内容でした。
大乗経は小乗経、実教は権経と何れも低く浅い教えを破し、法華経に至っては低く劣った全ての教えを打ち破る教えであり、このように釈尊の説法は破邪の精神で貫かれているのだと教えて下さり、次いで、今日の末法においては、日蓮正宗のみが破邪を実践する使命を担った団体なのだと教えて下さいました。
日蓮宗各派は破邪の精神を捨て、大聖人の弟子であることを自ら放棄したのです。
顕正会とても、これら各派と同じ穴の狢(むじな)であることは間違いありません。
顕正会は日蓮正宗を謗法の輩と叫びながら、教えの浅い外道各派に対しては我らこそ日本第一の教団とのさばり、一方で強いものには怖じ恐れるが如く、正宗に対してのみ破邪の実践から逃げる姿は正に畜生の所業であるというべきです。

そしてそのような冨士大石寺を詐称する謗法の教団は強く、弛(たゆ)まず指弾し続けていかなければならないと思います。
御講義の中で、人々を不幸から救い出し、成仏の境界に導くため、邪宗の誤りを指弾する破邪は絶対に欠かせない。「他宗教を非難すべきではない」という人は、破邪の大切さと必要性を理解していない。という事を仰せられ、さらに後に「邪宗邪義は破折しなければ滅びない」と、謗法呵責の大事を示されました。
御法主日如上人猊下も、
「邪義邪宗の害毒を徹底的に破折していくことが大切であります。創価学会をはじめ、あらゆる邪義邪宗は、私達が破折しなければ絶対に滅びないのです。それらの邪義が滅びなければ、日本の国も世界もけっして平和にはならないという原則を、大聖人様は既にお示しあそばされているのであります」(大日蓮H24/4 P18)
と、このように仰せであるとの事です。
最後、水島教学部長は、「さっき唱題をして、御講義があって、更にこの後また唱題があるんでしょう。ひざ、大丈夫ですか?何もこんなに厳しくしなくたって、バーベキューをしたり花火大会をしたりすればいいじゃないかと思うことでしょう。世間や他の教団なんかは皆そうです。なんでこんなに厳しくする必要があるのか。それは、青年部である若い貴方たちはこれから広布に戦う人材だからです。だから遊んでいる暇などないのです」と、このような大変優しいお言葉で強く励まして下さいました。(このお言葉は私の記憶違いで実際は若干の間違いがあるかもしれませんm(__)m)

最後の三時限目の御講義は「折伏早期貫徹の方途」と題した御講義でした。
情熱あふれる御尊師の講演に接し、皆が大変勇気づけられたことと思います。
やはり折伏に勇気ということは必要不可欠な要素であると思います。

<中庭の蓮が見頃を迎えていました。>

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次回、人生初となる丑寅勤行参加の感想と御法主日如上人猊下の御講義の内容と心に残ったことなどをアップしたいと思います

[ 2014/07/21 18:33 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(0)

浅井会長が日曜勤行の講義の時に持っている本は日蓮正宗の御書全集です。


日曜勤行等で浅井会長が持っている本、顕正会時代には大変気になっていたのですが、どのような本なのか当時は知る由もなく、また先輩にも恐れ多いような気がしてしまって、敢えてその事は質問せずにおりました。

あの本の正体は『新編御書』。つまり、日蓮正宗の『御書全集』なんですね。

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そして上の画像は顕正新聞、平成25年2月15日号。
この顕正新聞の一面で、浅井会長が毎度の如く、新編御書の分冊版を持って、日興上人の『原殿御返事』を講義しています。
しかし、実はこの平成新編に『原殿御返事』は所載されていません。

この顕正新聞の記事は、日興上人御報恩勤行会で浅井会長が『原殿御返事』を講義したものでありますが、つまり写真と記事が整合していないという事です。

全く、お粗末な話ですね。

(慧妙、平成25年4月1日号参照)

浅井会長「当らぬ予言」 仏の御意に適わぬ振舞

私のヤフーブログに良くコメントして下さる真田亮さんから今回この様なコメントを頂きました。

――――――――――――――――――――――

昨日、顕正会員から面白いコメントがきました。
>>[130] はっちゃんさん
ごめん。コメントを消してしまった。コメント再度載せる。
だんだん、客観情勢は、浅井先生のおっしゃる通りに、なっとるばいm(_ _)m先生は、仏法の鏡に照らして、指導をされてる。
だから、先生がいわれた事が、時期がずれても、必ず起こる。
完璧に事態が起こる時期を当てるのは、出来なくて当たり前。
予言者ぶってると騒ぎたければ、好きなだけ騒いだらいい。
歌については、自分はわからない。ただ、そこについては、深く考える必要は、ないだろう。

--------------------------------------------

「客観情勢は浅井先生の仰せの通りになってきている」

そしてその後の、
「先生は仏法の鏡に照らして指導している」

実はこの二つの主張が矛盾していることに顕正会員さんは気が付かなければいけません。

このコメントの内容というのは一顕正会員が真田亮さんに対して、つまり他宗の人に対して言っているわけですから、当然顕正会員さんの側からすれば「折伏」の意義を含むやり取りであった事に違いありません。

その事を念頭においた上で下記の御金言を拝してみて下さい。

『小蒙古の人大日本国に寄せ来たるの事
 我が門弟並びに檀那の中に、若しは他人に向かひ、将又(はたまた)自ら言語に及ぶべからず。若し此の旨に違背せばを離すべき等の由(よし)存知する所なり。此の旨を以て人々に示すべく候なり』(小蒙古御書)

これは、二度目の蒙古の攻めがあった当時、大聖人様が著された御書です。

「つまり、今は国家の一大事である。我が門弟および信徒は、他人に対してはもちろんのこと、私語のなかにもけっして予言の的中を誇るようなことはあってはならない。今は予言の的中をうんぬんすべき時ではなく、一国をあげて国難に対処すべき時である。もし、これに違背する者があれば、即刻破門にするむねを厳しく勧告されているのです。」(日蓮大聖人正伝参照)

きっと顕正会員さんは浅井会長の予言が的中したならば「ほら、顕正会は正しいだろう!」と言って回るに違いありません。

家庭もかえりみず我が身投げ打って折伏に飛び回るに違いありません。

しかし違うのです。

仏法の指導者であれば、その様なことを会員に促すという事は大聖人様の御意に反した行為となるのです。

『「一切世間の治生産業(じしょうさんごう)は皆実相と相違背せず」とは此なり』(壇越某御返事)

難に対処する事が最優先であり、またそのようなことは他ならぬ仏法の実践であるということではないでしょうか。

東日本大震災の時、どうだったでしょう。

浅井会長は東北の顕正会館に食料を届け、結果、会員からは称揚されましたが、一方で世間に対しての善行は何かありましたでしょうか?
10億円の遺産相続金がありながら、実際はその溢れんばかりの金銭のほんの一握りを会員に分け与えただけなのです。

因みに日蓮正宗では、毎年のお経日には震災で亡くなった方の塔婆を立てて供養します。

それから、9・11の折には、日顕上人は現地に赴かれ、追悼法要を執り行われました。
大聖人様の御意に適った、宗教者として当然のお振舞なのです。

仏法を極端に曲げて捉え、仏智に適わぬ振舞をすれば、世間との溝はいよいよ深くなりますし、布教に障りが生じることになるのです。

まずはどうか顕正会員さんには、人間の心を取り戻して頂きたいと願います。

浅井会長「当たらぬ予言」 外れた責任の転嫁術


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上の写真は6月5日号の顕正新聞に掲載された活動報告ですが、この登壇の一部分から浅井会長の当らぬ予言が会員さん達の中で正当化されてしまう「からくり」を窺い知ることができると思います。

つまり具体的に、

――――――――――――――――――――

さらに「顕正会の浅井会長は『地震だ』『疫病だ』『戦争だ』と不安を煽っている」等と、許し難い批判をしてきたので、私が、「浅井先生は大聖人様の立正安国論の仰せを根本に指導しておられる、では尋ねるが、大聖人様の立正安国論の仰せも社
会の不安を煽っているとでもいうのか」

----------------------------------------

と、この部分です。
登壇内容の主旨は、顕正会員と創価学会員との問答ですが、この登壇者の発言が顕正会の精神を如実に表していると思います。

そして以下の写真は、「日蓮大聖人に背く日本は必ず滅ぶ」と冠した「諫暁書」の冒頭です。

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「これは凡夫の私が言うのではない」

つまり、浅井会長は「自身の個人的な私見でモノを言っているのではない」ということを言いたいのでしょう。

また浅井会長は、
『「もし大聖人ここにましませば、何を命じ給うか」と。この御命令を信心の耳で聞き奉り、御奉公を貫いて来た。これが顕正会の行動原理です。』 (顕正新聞H25年8月15日号)

と、こちらの発言も、まるで会長自身はただの中間媒体であり、大聖人様の代弁者であるかの如くです。

会員の目線から、浅井会長の仏法上の立ち位置がこの様な形で確立したならば、予言の当る、当らぬは会員にとって、もはやどうでも良いことになってしまいます。
間違いがあってもその責任は全て大聖人様に責任転嫁される、この様なシステムによって浅井会長は何を言っても許されるのです。
「私が言ったのではない、大聖人様が仰せなのだ」と、こういった責任逃れをするための会長の策謀が会員の信仰の理念の中に巧みに練り込まされてしまっているのでしょう。

凡夫は間違える事があっても、仏様が間違うはずがなく、過去と現在の発言に相違があったとしても、それは「方便」であったということで済まされてしまいます。

予言が当たらない事を会員に指摘すると揚げ足取りをされているようにしか感じないのは「能」「所」の筋目を弁えない大増上慢の浅井会長から長く洗脳され続けた結果、曲がりに曲がった信条が根付いてしまったゆえであると思います。

日蓮正宗の御僧侶について

一昨日、菩提寺にてお経日法要に参加後、御住職様に色々と個人的な質問をさせて頂きました。
現在、私は日顕上人が教学部長の砌に著された、「本門事の戒壇の本義」と「国立戒壇論の誤りについて」をノロノロと読み進めておりますが、(内容が難しいので…)その中で読み方のわからない漢字が沢山出てきたので、聞いてみたのです。

「黎明」
「茲」
「蓋し」
「上梓」
「(木へん)婁至比丘」
「濫觴」
「楊柳」
「僧伽跋摩」
「熾盛」
「扮州」
「畢生」
「駁した」
「範疇」
「容喙」

読者の皆様はわかりますか?
私は恥ずかしながらこれらの漢字は読み方にしろ意味にしろ、さっぱりわかりませんでした

読み方の正解は

「れいめい」
「ここ」
「けだし」
「じょうし」
「ろうしびく」
「らんしょう」
「ようりゅう」
「そうぎゃばつま」
「しじょう」
「ふんしゅう」
「ひっせい」
「ばくした」
「はんちゅう」
「ようかい」

です。
これらの漢字の読み方と意味を御住職様は即座にお答えになられました。

また御本尊様の御相妙についてもお聞きしました。
御本尊様を拝すると四隅の位置に四大天王が書かれておりますが、持国天と広目天、それから毘沙門天と増長天の間に書かれているのは何なのか、気になったのでお聞きしたのです。

答えは右には「不動明王」左には「愛染明王」がそれぞれサンスクリット語で書かれている。とのことでした。

その他にも、日本史の話や創価学会の話など色々して下さいました。

勿論、御住職様に個人的に質問をするのは今回が初めてではありません。
いつも質問を溜めておき、様子を窺って、御住職様がフリーであればすかさず質問

いつも明瞭に答えて下さり、後には清々しい気持ちになります。

しかし、顕正会時代はそうはいきませんでした。(当たり前ですが‥)
質問をしても上長は真面目に答えません。答えられません。

知りたいという気持ちは抑えられませんし、抑えるのも変です。末法は無戒であり、素直な気持ちを無理矢理抑制してしまったならば難行苦行となってしまいます。

浅井会長は日蓮正宗の御僧侶の事をぼろ糞言います。
やれ「無道心の輩」とか、やれ「職業坊主」とか、やれ「堕落している」とか、それは酷いものです。
大体、職業坊主ってなんなんでしょう。お坊さんは皆職業であるのは当然ではないですか。
顕正会にも理事室や儀礼室等の本部職員さんがいるし、それらの方々のお給料の出所は顕正会員の「真心の御供養金」です。

御住職様は本当に沢山の事を知ってらっしゃいます。お塔婆を書くので字もお上手です。
このような学識高き御僧侶を誹謗中傷する浅井会長とは一体何様なのか、と思ってしまいます。
会員の無知をいいことに宗門僧侶の悪いイメージを植え付けるのは、ひとえに「個人的な好き嫌いの感情」と「顕正会員が宗門に流れるのを防ぐ」ためです。そのための「誹謗中傷」なのです。

「誹謗中傷」とは「根拠のない事実無根の悪口」です。「でたらめ」なのです。批判とは違うのです。

日顕上人と調べてみると、なんと日顕上人は6才で出家得度されているのです。
現在の制度では早くて12才から出家得度が許されているそうですが、それでもすごいことだと思います。
世間でも「英才教育」というものがあります。それを受けた人はやがてその道のプロになります。しかしながらそれらの人は基本的には親と離れる事はないでしょう。自らの意思で出家の道を選び、厳しい世界で信心を鍛え抜かれた御僧侶に向かって口が裂けても「無道心の輩」なんていってはダメです。

ましてや教学絶倫の日顕上人に対して「法主の皮を着たる畜生」なんて、身の程知らずにも程があります。

三宝一体であるが故に御住職「様」なのです。
御法主上人猊下のお代理です。

お寺は御住職様の個人的資産ではありません。御住職様に「いて頂く」のです。

会長の誹謗中傷に賛同して宗門僧侶に「堕落」のレッテルを貼っている顕正会員さんはかわいそうというより「愚か」です。

宗門末寺の門を一日でも早く叩く日がくることを切実に願います。









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