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ニセ本尊 「功徳の血脈から考える」

日有上人 化儀抄 第八条

【筋目を正して願い出る】

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<条文>
実名(じつみょう)、有職(ゆうそく)、袈裟(けさ)、守(まもり)、曼荼羅本尊等の望みを、本寺に登山しても、田舎の小師へ披露し、小師の吹挙(すいきょ)を取りて本寺にて免許有る時は、仏法の功徳の次第然るべく候。直に申す時は、功徳爾(しか)るべべからず云云

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<現代語訳>
日号、阿闍梨号、袈裟、御守御本尊、常住御本尊などの授与を法主上人に願い出る場合、総本山に登山して願い出を出すにしても、先ず菩提寺の住職に申し出て、その住職の推薦を頂いた上で、総本山において下附のお許しが有った場合は、そこに御本仏・大聖人かた流れる仏法上の功徳が確かに具わるのである。正式な手順を経ないで、勝手に総本山に対し種々の願い出をする時は、その願い出は聞き届けられず、仮に巧妙に願い出を通せたとしても、そこに功徳は具わらないのである。

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本条では、法主上人に対して種々の願い出をする際には必ず手続(てつぎ)の師匠たる菩提寺の御住職を通さなければならないことを指南されています。
条文の中で、日号、阿闍梨号、袈裟については僧侶に対する事柄でありますが、本尊については信徒にも直接関わりのある内容です。
化儀抄第四条にも示されておりますが、菩提寺の御住職の事を「手続の師匠」と称する理由は、信徒と御本尊(大聖人)との取次ぎ役としての役割を担っている故であり、またこの役目は、御法主上人から与えられた任なのです。
この、御本尊様(大聖人)→御法主上人→末寺の御住職→信徒。という筋目を守らずに、手続の師匠たる末寺の御住職をとびこえる行為は、その御住職を任命した御法主上人の御意志を蔑(ないがし)ろにするものであり、突き詰めれば大聖人様の御意に逆らう結果となってしまいます。
従って、功徳を頂けない行為であると御指南されているのです。

顕正会が所持している御本尊である、日寛上人の御形木御本尊や日布上人の大幅の御形木御本尊を初め、全ての御本尊が「ニセ本尊」といわれる所以(ゆえん)は正にここにあるのです。

御利益の有無を論ずる前に、大事なのは功徳の流れ道という道理を明確に示す事であり、そこが定まらない限りは、いかに現証を語るとも、それは不毛の論であるということなのです。

では、具体的に、日蓮正宗の御本尊様が、一体どのような経緯を経て顕正会の所有となったのでしょうか。

昭和49年の解散処分よりも後に日蓮正宗から顕正会に対して御本尊様が下附されるはずはありませんから、解散処分直前に遡(さかのぼ)って再確認してみたいと思います。

まず昭和48年12月22日、妙信講本部会館が東京常盤台に新築落慶した際、その本部会館には妙縁寺重宝の御本尊が安置されたわけですが、実はこの御本尊は松本日仁住職と浅井会長親子の間のみで貸与の約束がなされたものでした。

つまり、正式に宗務院許可、および妙縁寺総代の了解を得た手続きを経ていなかったのです。

ですから当然、妙信講破門後の裁判で日蓮正宗は返却要求しております。しかし現状は未だに妙縁寺に返却されてはいないようです。

このことは、顕正会破門直後の昭和49年10月19日、日達上人の「宝浄寺創立10周年記念本堂改築落成式の砌」における御指南を拝せば良くお解り頂けるかと思います。
 
「また、妙信講は本部を造ってそこに、御本尊を安置しております。それは、妙縁寺というお寺、本所中之郷の妙縁寺の御本尊を宝物の御本尊を住職がうっかりしてしまって、以前に、「十万所帯の人を折伏するから、御本尊を借して下さい」と云うから、まだ、日蓮正宗の一団体であったから、住職が貸したのです。ところが、今度そういう風にして、宗門から破門されたから、今度は返してくれと住職が云ったら、いや一万所帯作ったら返しますからと云う。じゃあ謗法の信者を十万所帯作られたら、もっと大変な事になってしまう。早く返してもらってくれと云うのだけれども、仲々らちがあかないで、困ってしまう。」

この御指南と前述の化儀抄を合わせて拝せば、、顕正会の所持している御本尊というのは、既にこの当時から、功徳の流れが絶たれてしまっていたという事が良くお解り頂けるかと思います。

また「大幅の常住御本尊七幅と、日寛上人書写の御形木御本尊数百幅」についても浅井会長は「妙信講に解散処分が下された時、私は松本尊能師に将来の広布推進の為、御本尊を大量に御下げ渡し下さるよう願い出た。」と自ら仰っていますから、必然的にこの日達上人の御指南の中の返還を要求している御本尊のうちに含まれるという事ですね。

功徳の有無、そして成仏の可否ということは、全て大聖人の見定めによって決定するということを顕正会員さんには知ってもらいたいと思います。

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