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冨士大石寺顕正会とは(続・概略)

それはさておき、次は前記事の最後に記した「曖昧なスタンス」という事についてもう少し掘り下げて説明を加えていきたいと思います。

顕正会は母体である日蓮正宗から破門されたことにより、後の信仰活動上において様々や弊害が生じる事となります。

まず第一に、日蓮正宗時代には当然のように行われていた、総本山富士大石寺への参詣や、富士大石寺の重宝であり、信仰の根本の法体(ほったい)であるところの「本門戒壇大御本尊」を「内拝(ないはい)」する資格を失うこととなります。
日蓮正宗では基本的に、信心の志ある信徒に対しては、この「本門戒壇大御本尊」の下への内拝を強く勧め、促してきました。
その証明として、中興の祖と仰がれる、総本山大石寺第26世「日寛上人」は、
「志あらん者は登山して拝したまへ」
と、仰せられております。「登山」とは大石寺への参詣、「拝したまへ」とは「本門戒壇大御本尊」への内拝のことを指します。

また、各家庭に安置されるべき「御本尊」についても、母体である日蓮正宗から離れてしまっては手に入りません。

大石寺信仰における「御本尊」というのは、日蓮正宗の法主上人唯一人のみが書写し下附(信徒に与えること)する権能を有しており、たとえ碩徳(せきとく)の僧であったとしても、許可なく勝手に書写することは信仰の上から絶対にしてはならないと、厳格に定められているのです。

しかし、顕正会では会員の増加や会館の建設が進むにつれて、どうしてもこの「御本尊」が必要となってきます。
そういった事情に伴い、現在顕正会では秘密裏に、この「御本尊」を自前で作成しておりますが、そういった行為は取りも直さず本来の信条を破ることになりますし、そのことが会員の混乱を招く結果となったり、最悪の場合は脱会者の続出ということも考えられます。そのような事態を防ぐために、会の内部に対してはその事実を隠ぺいし、外部からの指摘に対しては沈黙を決め、しらを切り続けているのです。

それから、故人を供養するために必要不可欠である「戒名」や「塔婆を立てる」ということは、常識の範囲で考えて「僧侶」の特権であることは言うまでもなく一般的概念であるかと思います。
しかし顕正会は、在家信者のみで構成されていますから、本来そういった仏事を執り行うべきはずの「出家・僧侶」は1人もおりません。
ですから、従来の大石寺信仰の中で大事にされ続けてきた「戒名」や「塔婆」は、顕正会では現在、公式に廃止され、それに際してこれらの必要意義についても強引に解釈を曲げて、無理な正当化が図られてしまったのです。

以上、これらがアウトラインとなりますが、更に子細を見れば従来の厳格な信条から完全に逸脱してしまっている点は多数あり、現在に至っては全く日蓮大聖人の意に適わぬ教義が形成されてしまったと言えるでしょう。

こうして傷口を隠すようにして、アレンジにアレンジを重ねた顕正会の独自の信仰形態というのは、会発足の本来の意義を完全に消失するカタチとなってしまっているのです。

会発足の意義とはつまり、

「法主上人を護り、創価学会によって曲げられんとされる日蓮正宗の教義見解の是正を訴える」

というところにあったわけですが、浅井会長が早計にいきり立ち、その勢いで突き進んだ結果が、現在このような本末転倒と言うべき、惨めな体たらくに成り下がってしまったということです。

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