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時の貫首たりと雖(いえど)も仏法に相違して己義を構へば之(こ)れを用うべからざる事(その2)

僭越ながら、この日興遺誡置文の条文について、前記事に記載した日達上人・日顕上人の会通を元に、出来るだけ顕正会員に理解し易い様に、内容を噛み砕いていきたいと思います。

具体的には、条文中の「仏法」と、「之(こ)れ」ということの意味について。そしてこの御遺誡の「対告衆(たいごうしゅう)」について。以上、三つの観点から考えていきます。

まずは「仏法」とは何か?についてですが、顕正会員さんならきっと迷わず「成仏という境界を得るための実践法だ!」と仰ることでしょう。そのように折伏理論書の一章の冒頭には記されていますね。
しかし、「もっと具体的に、一体どの様なものを指して仏法というのか?」
と問われたならば、一考した後、それが幹部会員であれば、「浅井先生の御指導」と答えるかもしれません。下々の会員であれば「勤行」とか「南無妙法蓮華経」と答えるかもしれません。ここでは幹部の答えが的を得ています。

日達上人の御指南を拝してみます。
日達上人は「憲法があるだけでは仕方がない」と仰せられているように、仏法=御書や先師上人のおことば。ということでは決してありません。
法が独り歩きして、弘まるなんていうことはありえません。
百六箇抄には
「法自ら弘まらず人・法を弘むる故に人法ともに尊し」
とあります。
御書や先師上人のおことばはあくまで「鏡」なのです。憲法に当ります。それは「法の原理原則が示されたもの」であるということなのです。
ですから「御書や先師上人のおことば」から導き出された具体的・実践的な教えの内容。
ズバリそのことを指して「仏法である」ということができると思います

ここで最も留意しなければいけないのは、その教えというものも、時代に応じてその都度、最も適切な解釈が必要となってくるということ。

一例を挙げれば、三大秘法抄における「勅宣」や「御行書」といったものは、現在存在していません。ということは「実践的」ではないのです。ですから御聖意を損なわないように、現代の様式に則った、最も近しい妥当な意味合いを当てて、「実践的」な内容にしなければ、「仏法」にはならないのです。

ただし、誰が会通しても、誰が決めても良い、正しい、という事になってしまったならば、日蓮大聖人の仏法が無数に乱立することとなってしまいますから、必然的に、その権利、能力を有する人に限ることとなります。

唯一人、それを有する、決められた方のみが教えを説く。須(すべから)く、そこに「信」を取る。

その決められた方というのが日蓮正宗の御法主上人なのです。つまり、「御法主上人が御書や先師上人のおことばを亀鏡として導きだされた、具体的・実践的な教え」。それこそが「仏法」なのです。結論から言えばそういう事です。

なぜ御法主上人なのか?先に述べた様に「唯授一人血脈相承」という「権利」という面から。また、未だ公に開示されていない「相伝」を含む、法の一切を知り得、掌握している事実から、その「知識・能力」という面から考えても、決して他に該当者を見出すことはできません。

顕正会員は「浅井先生がおられなければ仏法を知り得ることができなかった」というはずです。
例えば勤行の形式をある日突然変更したり、塔婆も急遽廃止したり、それは顕正会員から言わせれば「浅井先生が御書や御書に示される法の本義・本筋の上から決められたことなのだ」ということになるのでしょう。

しかし、仏法が仏法である根拠は、その発生源が有する「権利、能力」なのです。
浅井先生に「権利・能力」を有する根拠などどこにもありません。
事実、そこを話の争点にして顕正会員さんと議論しても、全く要領を得ません。

根拠がない。ということは、仏法の発生源は浅井先生ではないのです。

ですから浅井先生の御遺誡に対する解釈、即ち、仏法ではないものを挙げて、「仏法と相違しているではないか!」といったことろで、もはやそれは当たり前のことなのです。

また、言い換えるならば仏法とは「師伝」です。

同じ日興遺誡置文の条目で
「当門流に於ては御抄を心肝に染め極理を師伝して若し間有らば台家を聞くべき事」
とあります。
この条文からも「御抄」だけでは「仏法」は成り立たないということが窺えます。
極理は師伝の中のみに存するのだということなのです。
浅井先生は達磨大師のように、師伝を抜きにして、自ら悟りの境地に達したクチではないでしょう。
浅井先生も御法主上人を「師」としてきたのです。
少なくとも日蓮正宗から除名となる昭和49年8月まで、松本日仁師を「手続の師」とし、御法主上人を「本師」とする環境下で、仏道修行に励んできたのです。

ということは、除名になるまでの途上において、その解釈は一体誰を師として伝え聞いたものであるかということを明確に皆に示すべきでしょう。「師伝」の太鼓判が捺されていないものをいくら説こうとも、それは単なる「自説」であって決して仏法ではありません。師伝の源が不詳であったならば、そこに須く、訝(いぶか)しさを感じるべきでしょう。

浅井先生と顕正会員の師弟関係のみを強調して、肝心の“浅井先生と浅井先生の師”との師弟関係をひた隠し、誤魔化しているのです。
以上。これら私が述べたことを総括して整理すれば、
「現在の御法主上人の御指南が仏法である。自分の解釈が正しいと主張するならば、それが師伝である根拠を明示すべきである。できないのであればそれは単なる自説であり、正に、条文中に示される“己義”そのものである。」
と、断じることができます。

しかし顕正会員さんにとって日達上人、日顕上人の御指南に信を取ることは極めて困難だと思われますので、以下に「日淳上人」と「日昇上人」の御指南も掲載致します。

【日淳上人「弁惑観心抄」序文】

 仏法を信行するものに於て最も相(あい)戒(いまし)むべきは未得謂得、未証謂証といふことである。即ち猶未だ仏法を体達せざるに体達したといひ、未だ証悟しないに証悟したといふことである。此のことは独り自ら地獄に堕つるばかりでなく、他をして邪道に入らしむる因となる。法華経の会座には五千人の増上慢比丘が席を退いて仏になりそこねてをる。
 兎角(とかく)仏法を学習するに経巻典籍を究むればその奥底に達すると考へがちであるが、仏法は理論を至極とせずに実践生活の在り方を主目とするから、教説によってのみでは淵底(えんでい)に徹することはできない、こゝに佛法に於ては師資相承の道を重要視するのである。即ち師弟相対して信行を進めることである。此のことは真に仏道に於ける要である。然るに稍々(やや)もすれば師を立つることを知らず又軽んずる者があるが既にその事自体が仏法に逸脱し混乱を生ぜしめるものである多く己義を構へ新義を主張する禍因は此処に起る。若し一度此の邪義の淵に堕すればまた出づることも難く、遂に獅子身虫となり終るのである。よって仏法を信行する者は必らず師弟の道を尊重し師資相承の跡を尋ね、その正しき法流を確めて清水を汲まねばならない。世上仏法の混乱今日より甚しきはなく邪義愈々熾(さか)んに行はれつゝあるが、此れ主として師資相承の重要なることについて無知であるからである。

【64世日昇上人 日蓮正宗聖典「序」】

「由来法門上の異説異見は何によって起こるかといえば機根が猶お未だ熟さないうちに自らを省みず直ちに御書の一文一義に執して妄断するからである。即ち我見に任せて己義を立つるからである。古来仏法に於いて相承を尊び師伝を重んずるのは一に此の弊をなからしむるためである。聖祖は『法華経は相伝に非ずんば知り難し』と仰せられている。蓋(けだ)し仏法の奥底は相伝によって正しく理解することが出来るからである」
「時の貫首たりと雖も…」についての記事【その3へ】

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