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勤行の形式を偽る

顕正会では「方便品」「寿量品」「自我偈」を読み、「お題目を5分」唱え、後に「御観念文」を読むという実に簡単な勤行の形式ですね。
しかしこの様な略式の勤行は顕正会が独自に作ったものであり、日蓮正宗に古くから伝わるところの勤行の形式とは全く異なります。
正しい勤行とは五座三座の勤行です。

顕正会もまだ妙信講だった頃、五座三座の勤行を実践していました。
その証拠に浅井会長も
「何より仏道修行の基本は五座三座の勤行である。この勤行に励む時、御本仏の御法魂また凡心に影を移し給い、自然と折伏の生命力が湧いてくるのである」(組長訓)
と仰っています。
機に合わせて勝手に教義を変えるなど、浅井会長の言葉を借りていうならば、それこそ靴に合わせて足の指を切る様なものです。
「されば機に随って法を説くと申すは大なる僻見なり(撰時抄) 
              
「布教の急なる為に講学の忙がしき為に・事務の劇なる為により、報恩給仕読経拈花(ねんげ)の行体を等閑(なおざり)に付せんとする事あり・慎まざるべけんや」『有師化儀抄註解』第五九世日亨上人

「若し堪えたらん人は本山の如く相勤むべし、若し爾らずんば十如自我偈題目なりとも五座三座の格式相守るべし」『日寛上人、報福原式治状』

この福原さんという方は金沢の在家信徒さんで、その方に日寛上人様が送ったお手紙です。
ですから顕正会員さんの「松野抄を読めば、五座三座なんて長くて大変な事は僧侶がやっていれば良い!在家は略式で良いのだ!」という考えは我見であり、己義であることが良くお解り頂けるかと思います。

以上の御金言と歴代先師上人の御指南を拝せば、勝手に勤行の形式を変えるなど、謗法行為に当たるものであり、その様な行の在り方に功徳が流れる道理は断じてありません。

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