スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] |トップページへ戻るスポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

御書名の改変について(聖人御難事→出世本懐成就御書)

富士 聖人御難事
出世本懐成就御書

一枚目の写真は、「富士」昭和36年9月の創刊号。
二枚目の写真は、「顕正新聞」平成10年2月25日号

双方の写真を見比べてみると同じ内容の御書でありながら御書の題名が違っていることが確認できます。
顕正会での御書名の改変については「各々かつしろしめせり」で、既に多くの方がご存知であるかと思いますが、特記すべきことは、この御書講義の内容が掲載された顕正新聞は平成2月25日号なので、つまり、戒壇の大御本尊様が正本堂から奉安殿に御移りになると発表された平成10年4月5日よりも“前である”ということです。
浅井会長がもし、「正本堂が解体されて戒壇の大御本尊様への不敬が解消された暁には、日蓮正宗へ復帰できる。」と、本気で思っていたとしたら、果たして、御書の名称を変えて会員に教える必要などあったでしょうか?
仮に、顕正会員が平成10年4月5日後、日蓮正宗に復帰できたとしたならば、「顕正会時代に浅井先生から教わったことと違う」ということになってしまうので、その時に元会員に矛盾を生じさせないためにも、御書の改変にまで手を染めることはなかったのではないか?と思います。
つまりその後の、勤行の形式変更や、御法主上人への反逆といった、大胆な教義路線の変更に向けた伏線が、既にこの頃から敷かれていたというのが真相ではないでしょうか。

講演の冒頭、御書名を改変したことについて浅井会長は「本抄の御真筆には抄名がない。だから呼び方は他に合わせる必要はない」といった主旨の言い訳をしていますが、こういうところからも顕正会独特の体質がにじみ出ていますね。

また顕正会員に御書名の改変について糾弾すると、「それは最近になって勝手に宗門が決めたことだ」とか、「浅井先生がそのようなことをするはずがない」などと言ってくるはずなので、実際に“モノ”を見せてあげるのが、彼らに対する最も有効的な手段ではないかと思います。
法華講員さんには、可能であれば印刷して、折伏の際の一助として利用して頂ければ幸いです。

コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://yorori1130.blog.fc2.com/tb.php/140-96caadad











上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。