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顕正会の本尊は何故「ニセ」なのか?(5つの疑問)

顕正会の「日寛上人の御形木御本尊」を考えたとき、以下のような重大な疑問が浮上します。

1、何故、数百幅の日寛上人御本尊がずっと末寺(妙縁寺)に所蔵されていたのか?

2、何故、その事実を10年以上も公にしなかったのか?

3、顕正会の本尊に功徳の血脈が通う道理はあるか否か?

4、数百幅の形木本尊では数が足りなかったのではないか?

5、妙信講が破門された当時、もともと妙縁寺には日寛上人の本尊などなかったのではないか?

それではまず、この「日寛上人の御形木御本尊」なるものが顕正会の中で公になる契機となった、昭和60年における浅井会長の発言を挙げてみます。

「顕正会で護持している御本尊は、全て日蓮正宗妙縁寺住職・松本日仁尊能師(昭和49年に日蓮正宗より擯斥<ひんせき>され僧籍を失っている)より授与され、私が護持申しあげてきたものである。(中略)妙信講に解散処分が下された時、私は松本尊能師に将来の広布推進のため、御本尊を大量に御下げ渡し下さるよう願い出た。(中略)御形木御本尊については、宗門の全末寺において昭和40年までは日寛上人の御本尊が下付されていたが、41年からは日達上人の御形木御本尊に替わった。松本尊能師は40年以降、この日寛上人の御形木御本尊を妙縁寺に秘蔵しておられたが、私の願い出により、これ(御形木御本尊数百幅)を全て託して下さったのである。」
(顕正新聞 昭和60年3月15日号)

上掲の浅井会長の発言から必然的に発生する5点の重大な疑問。常識的に考えればこの時点で既にニセ本尊確定ですが、顕正会員側に与えて論じさせた場合、特に問題視されない点がいくつかあると思います。

まず2についてですが、これは「言わなかっただけであろう。逆に、先生が会員に対してただちに事実を公表しなければならない理由などない」という解釈で済まされてしまうと思います。

次に3については「血脈」についての認識自体が顕正会員は浅薄ですし、「御遺命違背」や「日達上人から日顕上人への御相承有無」で、ガチガチに凝り固まった頭で理解するのは大変難しいことだと思います。

そして4についても、会長発言の「数百幅」と、実際に顕正会内で出回っている本尊の具体的な数が明確ではないため、「足りたのだ!」と言われればそれまでです。根拠が不十分なので、それを証明することも否定することも出来ません。

となると、残った1と5の疑問点について、顕正会員は一旦立ち止まって冷静に事実を確認するべきです。その上でもう一度「日寛上人の御形木御本尊」を有難く拝せるかどうか?胸に手を当てて自分の命に向かって聞いてみて下さい。
あなた(顕正会員)の命は本当に成仏への安心感や確信で満ち溢れていますか?、それとも言い知れぬ恐怖に震えているのでしょうか?

次は問題の1と5についてです。
続く。

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