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『事・義の戒壇』解釈の偽り

広布以前の大御本尊様在所の戒壇を『義』、広宣流布達成の時の御遺命の戒壇のみが『事』とするのは誤りです。偽りです。
正しくは、広宣流布以前であれ、以後であれ、戒壇の大御本尊所住の所を『事』、他の大聖人御認めの数多の御本尊、また日興上人以来御歴代の書写せられた御本尊所住の所を『義』、というのが本当であります。
文証を上げれば
日寛上人は六巻抄の依義判文抄に
「一大秘法とは即ち本門の本尊なり。此の本尊所住の処を名づけて本門の戒壇と為し」
と、仰せになり、また 
 36世日堅上人は寛政二年三月御説法に
「事ノ戒壇…一幅の板御本尊を掛け奉る所を云う。道理ノ戒壇…御代々御書写の御本尊を掛け奉る所を云う」(妙光寺所蔵文書)
と仰せになり、また
 43世の日相上人文書にも
「在々処々本尊安置之所は理の戒壇也。富士山戒壇の御本尊御在所は事の戒也」
また日寛上人は法華取要抄文段に
「当に知るべし、本門の戒壇に事有り理有り、理は謂く義理なり、是れ則ち事中の事理にして迹門の理戒に同じからず、其の名に迷う勿れ、故に亦義の戒壇と名づけんのみ。」

と、これらの御指南を拝せば、戒壇義については明々白々です。

もし現在、事の戒壇が建立されていないならば、本尊と題目のみの二大秘宝となってしまうのです。
それは違いますよね?
故に日寛上人は依義判文抄に
「本門戒壇の本尊を亦は三大秘法総在の本尊と名づくるなり」
と御指南あそばすのです。

でなければ、三大秘宝抄の解釈にも矛盾が生じてしまうのです。
即ち、「戒壇とは‥来下してふみ給うべき戒壇なり」の次の段に、
「此の戒法立ちて後・延暦寺の戒壇は迹門の理戒なれば益あるまじき処に」
とありますが、まだ三大秘宝抄に示された戒壇が立っていない事となれば、現在においても迹門の理戒は利益があるという事になってしまいませんか?

また、浅井会長自身も、『正本堂に就き池田会長に糺し訴う』の中で
「いま猊下の仰せ給う『事の戒壇』とは、この広布の時の『事相』に約し給うものでなく、所住の法体の『事』に約し給うたものである。従って、曽ての御宝蔵も、また現在の奉安殿も『事の戒壇』であり、将来正本堂にお遷り遊ばせば同じく『事の戒壇』であるとの御意である。」
と、明らかに自語相違しています。


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