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御作法も皆自己流

顕正会員時代を顧みると、会員の皆がそれぞれ自己流の御作法であったということが思い返されます。
身口意の三業がバラバラであるのは、顕正会の「異体同心」とは単なる掛け声のみで、実態が伴わない現実を如実に表しているのではないでしょうか。

まずは合掌の位置。

基本的に合掌は「口の前」が多いと思います。会長先生がそうですから、顕正会ではこのスタイルが通例でしょう。
しかし、会館で勤行していると、中には頭上までいっちゃってる人を見かけます。
と、思いきや本部会館で、総男子部長がおへその前当りで合掌しているのを見かけました。たまたまでしょうか?

次にお題目。

K峰理事が「なんみょう~ほ~うれ~んげ~きょ~ぃ
って言ってます。本当です。本部で早朝勤行に参加したり、日曜勤行での声を良く聞いているとわかります。
それから頭の「南無」、特に「南」の部分にアクセントをおく人と、そうでない人に分かれます。

次に一斉勤行の際、御観念文の時の姿勢について。

これは正宗信徒さんでも礼の深さは人によって微妙に異なりますが、その人の体系などの要素が絡むので、多少の違いは許容範囲内かと思われます。
しかし顕正会の礼はほとんどが皆、すごく深いです。
頭よりお尻の位置の方が高い人が結構います。
おでこも畳についてる人までいます。そういう人は大概寝てます。
勤行終了後、真っ赤なおでこに畳を痕がついちゃってます。

最後に極め付けは意味不明な「ご挨拶」

ビデオ放映や会合の前にお題目をゆっくり三唱、礼、を二回繰り返す。
個人的な勤行の際には、始めと終わりにそれを素早く行う。
顕正会の中にいると古くから行われてきたごく当たり前のことだと思われがちでしょう…
実際昔がどうだったかというのは良くわかりませんが、現在日蓮正宗ではお題目三唱、一礼は一回のみです。
これが浅井先生verだと、二回繰り返した後、小声で「南無日蓮大聖人」とつぶやきます。
これに倣って会員もつぶやく人が多いですが、全員が全員そうなのかと思いきや、これもまた十人十色。
つぶやかない人もいれば、「南無日蓮大聖人」の後、更に小声で「南無妙法蓮華経」とささやく人もいるし、
奇異な例を挙げれば「南無日蓮大聖人南無日興上人南無日目上人南無日寛聖人南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経…」
と、ささやきが妙に長い人。
十回くらい素早く礼をする人。(すごく大変そう)
一回礼をするのに一分くらいかかっちゃう人。(先輩がそうでした)

知る人に言わせれば、日蓮正宗でも御僧侶によっては数珠のかけ方やリンの回数が若干違うではないかとつっこまれそうですが、これは日達上人が「年分得度制」を定める以前の「末寺得度制」の名残が若干残っているためだと思われます。

しかし方々はあくまで師に倣って現在の御作法が染みついているわけで、顕正会員は多くの場合、自らが考案した独自のものだと思われます。

師匠である浅井会長自身が勝手に御観念文を自己流に変えてしまうような人ですから、『師は針・弟子は糸の如く』ということでしょう。
なんでもアリといった有様です。

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