スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] |トップページへ戻るスポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

「冨士」昭和41年2月号(P3)十大部を刊行“”


41年二月号三ページ

「研修部より松本日仁尊能師校訂に依る十大部を刊行」

――――――――――――

この御書の「十大部」ですが、なぜ現在では販売されていないのか?
「当門流に於ては御書を心肝に染め‥」との日興遺誡置文に照らして考えると、甚だ疑問です。
しかし、この十大部発刊を機に、その後妙信講においては、十大部を繰り返し拝読し、心肝に染めることが当時活動の一大方針として定められ、会を挙げて行われていたことは確かなようです。

ちなみに十大部とは、

◎唱法華題目抄
◎立正安国論
◎開目抄
◎観心本尊抄
◎法華取要抄
◎撰時抄
◎報恩抄
◎四信五品抄
◎下山御消息(下山抄)
◎本尊問答抄

古参の顕正会員さんであればいざ知らず。近年入会された顕正会員さんであれば、これらの御書の中で聞き慣れない、もしくは存在自体を知らない御書が一つだけあるはずです。

そうです。実はこの、「本尊問答抄」では御本尊様の開眼供養について御教示されている箇所があります。
即ち、
「木像画像の開眼供養は唯法華経にかぎるべし」
よって、顕正会員さんは「開眼」という言葉について知り得る機会がありません。

この「開眼供養」について顕正会側(浅井会長)は、「秘密にしている」「隠ぺいしている」ということです。悪い言い方かもしれませんが簡潔に言えばそういうことです。

勿論、宗門の化儀についてお詳しい会長先生は、このことについても良くご存知かと思われますから、現在顕正会で安置、下附している御本尊についてもあくまで「日蓮正宗時代に頂いたもの」「開眼供養済みの本尊」ということに何が何でもしておかなければならないわけですね。

ただし、もし「開眼供養」の義が顕正会員に知れ渡ってしまったら、そのことについて会の内から追求される事態にもなりかねませんから、あえてそのような御書は現在は積極的に取り扱わないというわけです。

そのことは何を意味するのか、顕正会員さんはよ~く考えてみてもらいたいと思います。

【冨士】って何?現在廃刊となっている顕正会(妙信講)教学誌【冨士】について


コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://yorori1130.blog.fc2.com/tb.php/174-d60330fa











上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。