スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] |トップページへ戻るスポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

H26 3月度 御講 『就註(じゅちゅう)法華経口伝』


『就註(じゅちゅう)法華経口伝』

第七 衣座室(え・ざ・しつ)の事

今日蓮等の類南妙法蓮華経と唱へ奉る者は此の三軌を一念に成就するなり。衣とは柔和忍辱の衣、当著忍辱鎧是なり。座とは不惜身命の修行なれば空座に居するなり。室とは慈悲に住して弘むる故なり。母の子を思ふが如くなり。

------------------------

今回の御講にはゼブラさんの初参加が叶いました
この『就註法華経口伝』は大聖人様が身延にお入りになり、法華経の講義をされた時、日興上人が内容を書き留めたものだそうです。
全部で229箇条から成り、今回のものについては法華経の法師品第十の中に15の大事な内容があるとして、その7番目に当たるものだそうです。
『軌(き)』とは道・法則・手本の意で、つまり3つの法則という意味。
三大秘法を修行する者は『衣・座・室』の『三軌』と徳が具わるのだと教えて頂きました。

即ち『衣』とは『柔和』と『忍辱(にんにく)』。
『忍辱』にも二種あり、即ち『生忍』と『法忍』です。
『生忍』とは生きている者に対して耐え忍ぶ心
『法忍』とは環境や条件などに対して耐え忍ぶ心

講話のこの部分の中で特に私が心に響いたのは「これらは我慢や妥協では決してありません。」とのお言葉でした。

かつて御住職が「この修行は難行・苦行ではない」と仰ったことを思い出しました。
顕正会でも『思念堅固・大忍辱力』と教えますが、正しく徳が具わることはないので、どうしても本質的には我慢・妥協となり、自分を追いつめるか、諦めるかのどちらかになってしまいます。結果的に極まった『我慢』は精神病を誘発し、どれだけ多くの幹部会員が苦しんでいることでしょう‥。それから先日、記事でも書きましたがゼブラさんに言い放った副総男子部長さんの心なき言葉こそ正に『妥協』の姿。耐え忍んで法を説き切る徳が全く具わっていない事、大幹部が自ら現証をもって示してくれました。
日蓮正宗では、掘り下げて、細かく、解り易く指導して下さいます。この事こそが、実際に中身が伴い、事実の上に現証として顕れる事を証明しているのだと思います。


そして、『座』とは
差別にとらわれず平等な視点から物事を判断できる徳なのだそうです。
身命を惜しまず、この身を御本尊様に捧げるとの信心ある中に自然とこのような徳が具わってくるのだそうです。
御住職は常に私たち信徒に対し平等に接して下さいますし、個人的な感情抜きに分け隔てなく指導下さいます。
正にこの御僧侶の姿こそ何よりの証明です。一度も会った事がない顕正会員さんは勝手な悪口をいう事は慎みましょう。

「若し謗法ならば、亡国堕獄(だごく)疑い無し。凡(およそ)謗法とは謗仏謗僧なり。三宝一体なる故なり。是(これ)涅槃経の文なり。」(真言見聞)
です。

最後に『室』とは慈悲のこと。
仏の大慈大悲と一体になることを『如来の室に入る』というのだそうです。
『抜苦与楽(ばっくよらく)』の慈悲の徳が自然と具わってくるのだと教えて頂きました。

今回の御講では具体的に、且つ解り易く、一体どのような功徳が顕れてくるのかを教えて頂きましたこの先自身の信心が懈怠に陥りそうな時は、御住職から頂いたこの『衣・座・室』の指導を事あるごとに思い出し、都度信心を奮い立たせていきたいと思います

[ 2014/03/11 19:56 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(0)

コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://yorori1130.blog.fc2.com/tb.php/62-1fdd69dd











上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。