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顕正会員よ!護法心を取り戻せ!浅井先生の『試練と忍従の歴史』に学ぶ その2

顕正会試練と忍従の歴史(P17)

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“妙信講の目的はただ一つ”

講演・青年部会(34年7月19日)

『妙信講は再建以来、一万世帯を目標に戦っております。妙信講の進軍の目的は唯一つ、大聖人様が七百年前に日興上人に御遺命された、本門戒壇建立ということだけであります。……唯、その一念を以て講中進軍の認証を御法主上人猊下より頂いたわけであります。
(中略)
十年というと長い気がするがあせっては駄目です。十年の歳月は要するに人材を鍛え上げる養成の時期なのです。態勢のととのわぬうちにあまり早く数だけ達成しては、かえってその時に困る、行詰って本当の力ある御奉公が出来ないからです。
青年部の皆さんがだんだん育って、強盛な信心を土台として、御書を心肝に染め、人間的にも成長し、社会的にも力をもつ、そういう人材が多くでてこなければその後の戦さは出来ない。
だから十年という貴重な年月を頂き、ジックリと勉強して行くのです。若い時に地味な勉強をせぬ者に、将来の大成があるはずがない。』(顕正新聞34・8・5日号)

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大変素晴らしい内容の指導だと思います。
しかし今の顕正会幹部の方々ときたら、この原点ともいえる先生の大精神を忘れてしまった様に思えてなりません。

短い期間で数だけ達成しても意味がないのです。
今の顕正会の人材組織の現状から鑑みるに、いかに無理のある折伏誓願を立てていることでしょう…。活動者本人達が一番身に染みて分かっているはずです。
その場しのぎにニセの入信報告書を作成、強引な勧誘で書類送検される会員が続発…。「その時困る」と会長が危惧された事が今となって現実になってしまったわけです。
人材を鍛え上げることに失敗してしまった顕正会にはもう広宣流布を成し遂げる力もなければ使命も残っていない。
所詮、人材を育て上げるのもまた人材。現在の顕正会は痩せた土壌に苗を植えて、過剰に水をやり続けている様なものです。
育て方を知らない者の手によって植えられた苗というものは実に不憫です。
先生の仰る通り、土台として強盛な信心がなければ、御書を心肝に染める事は叶わないのだと思います。
しかしその前に現在の顕正会に、御書を真剣に学ぶ事のできる環境が整っているとは到底思えません。
「難しい事はわからなくても良い」と教え、御書を学びたいという会員の純粋な求道心を否定しておきながら、教学試験になれば「信心があれば自然と仏法の事を学びたいという気持ちが湧いてくる」「信に始まり信に終わる」などと指導する。しかし実際の試験の内容はといえば学会・宗門の誹謗中傷が中心といった有り様です。
いつも同じ御書を引いて耳にたこができる程に聞き飽きたお決まりの指導。
同じ時期に同じ内容の指導を毎年繰り返すといった、全く新鮮味のない講演。
そしていつの間にか御書講義はなくなってしまっているわけです。
そこで、昔あった講義を聞きたいと思ったとしても、過去の先生の指導を求める事は御法度なのです。

今の顕正会を見渡した時、社会的にも力をもった人格者が沢山いる様に思えません。
先生に対する忠誠心はそれは立派なものだと思いますが、一国を揺り動かす程の力ある人材豊富な諌暁団体にはどうしても見えないのです。
浅井先生は地味な勉強をしてきたから大成できたのかもしれません。
しかし、先生が学んできた環境と、現在顕正会に与えられた学びの環境とは全く異なるのです。
地味な勉強を促しながら、「見てはいけない」「聞いてはいけない」「知ってはいけない」というのは矛盾していませんか?
弟子を成長を想う気持ちがあるのなら、自分が学んできた環境を弟子達にも与えるべきです。
自由を許さず束縛し、組織を私物化しているのは一体どなたでしょう?
大義を掲げるのは良いですが、中身が伴わない人の事を“口舌の徒”といいます。
顕正会時代には良く上長から指導されたものです。
「浅井先生は“口舌の徒”を一番嫌う」と…。

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