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H26/3/21 春季彼岸会

本日、初めて「春季彼岸会」に参加させて頂く事が叶いました

御塔婆供養をされた方の他、東日本大震災における殉難者さんの供養も同時に行われました

法要後の講話にあたり、まず御住職様は「先祖供養という名の仏道修行に努める」という事を仰いました。

顕正会から来た者にとって先祖供養が修行という意識はなく、法華講員としての正しい信行の在り方を指導頂きました。

今回の彼岸会は初参加になる方が多い為、彼岸会の意義について教えて頂きました。

まず春分・秋分に執り行われる意味合いとして、春分・秋分は昼・夜の長さが同じという事から、「中道(ちゅうどう)」を表すのだそうです。
「中道」とは「偏りのない状態」という意味で、「死んだら終わり」とか「人間は人間、犬は犬に生まれ変わる」などといった、仏教伝来以前の教え、極端な考え方ではないという意味合いがあり、仏の三世を説く教え、悟り、即ち仏教の事を指すのだそうです。

この春分・秋分の時に供養をするといった事は具体的にいつから始まったものであるかは定かではありませんが、一説では聖徳太子の時に始まったとも言われています。
しかし、インド・中国にはこの様な風習は見られないので、いずれにせよ「日本発祥の宗教行事」であることは確かな事の様です。

しかし、日蓮正宗における、先祖供養の精神とは<常盆・常彼岸>。毎日が常に盆であり、毎日が常に彼岸であるということ。
彼岸会のみにとらわれることなく、常日頃の勤行においても懇ろに先祖供養させて頂く大事を教えて頂きました。

拝読御書は『日住禅門御返事(にちじゅうぜんもんごへんじ)』。
本文・解説は割愛させて頂きますが、何か法要がありお寺に行く度、毎回常に新しい御書の講話を聴聞させて頂ける事。このような境界に成らせて頂いた事は、顕正会という執着を捨てることが叶った故に頂く大功徳そのものです。

日頃からお寺に行くことで、新しいお話を聞けると思えると、本当に行くのが楽しみになるのです
[ 2014/03/21 17:00 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(0)

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