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顕正会 本尊

昭和60年3月15日『顕正新聞より』
「顕正会で護持している御本尊は、すべて日蓮正宗妙縁寺住職・松本日仁尊能師より授与され、私が護持申しあげてきたものである。(中略)妙信講に解散処分が下された時、私は松本尊能師に将来の広布推進の為、御本尊を大量に御下げ渡し下さるよう願い出た。松本尊能師には私の意を良くお聞き下され、自ら護持されていた大幅の常住御本尊七幅と、日寛上人書写の御形木御本尊数百幅を私に託して下さった。この七幅の御本尊とは二八代日詳上人・五四代日胤上人・五五代日布上人・五六代日応上人・六十代日開上人・六四代日昇上人等の歴代上人書写の御本尊であり、このうちの日布上人書写の御本尊が高知会館に御安置されたのである」

上記の昭和60年発言により、浅井会長は松本氏より、


大幅の常住御本尊…日詳上人・日胤上人・日布上人・日応上人・日開上人・日昇上人等の歴代上人七幅
御形木御本尊…日寛上人数百幅


託された事になります。

しかしその後の平成11年4月25日『顕正新聞』

「ここに、松本尊能師は、妙縁寺に所蔵するところの歴代上人御直筆御本尊七幅、それから日寛上人の御形木御本尊、並び日布上人の御形木御本尊を多数用意して下さったのであります。」

とあります。14年前の昭和60年にはなかった「日布上人の御形木御本尊」は一体どの様に手に入れたのでしょうか?

更にその後、平成15年2月15日『顕正新聞』

「また顕正会で格護する日布上人・日昇上人の四幅の導師曼荼羅について等、大事な指導を長時間にわたってなさ
れた」

とあります。4年前の平成11年にはなかった「日布上人・日昇上人の導師曼荼羅」は一体どの様にして手に入れたのでしょうか?

それから更にその後、平成19年10月5日『顕正新聞』

「ゆえに私は、将来大規模な広宣流布の戦いに備えて、地方会館に安置し奉る大幅の日布上人の御形木御本尊と、自宅拠点に懸け奉るべき日寛上人の御形木御本尊を、松本尊能化にぜひ用意してくださるよう。敢えて願い出て、これを授与して頂いたのであります。このとき更に松本尊能化は『大日蓮華山大石寺』の脇書がある導師曼荼羅の御形木御本尊まで、六幅授与して下さったのであります」

とあります。

今度の発言では「日布上人の大幅の御形木御本尊」「大日蓮華山脇書の導師曼荼羅の御形木御本尊六幅」増えた事になります。

わかり易い様に最初の昭和60年に所持していた御本尊を『赤』その後増えた御本尊を『青』。で書きました。年数が経つと本尊が増えるという顕正会。浅井会長はどのような手品を使って本尊を増やしているのでしょうか?

顕正会員は言うでしょう。というより、私が顕正会員だったときならこう反論すると思います。
「浅井先生は最初から所持している御本尊を全て明かさないで、時に応じて徐々に私たちに公表して下さっているだけだ!増えているわけではなく初めから持っていたのだ!」

はい、浅井会長の『二枚舌』を『先生の御慈愛』と信じて疑わない可哀想な顕正会員の皆さん。
「私もそうでした」
その様な方は続いて顕正会 本尊 2へお進み下さいませ。




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