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『時が来ればわかる』との誤魔化しは『問答禁止』と同意義

「細井日達は急死を遂げた。大事な『御相承』も成し得なかった。(中略)御相承を成し得なかったとしても、下種仏法の血脈は断じて断絶しない。大聖人様の下種仏法はそんなチャチなものではないのです。その理由はまだ言うべき時ではない。時が来たら私はハッキリと言います」(顕正新聞H26/1/5号)

この『時が来たらわかる』との浅井会長の発言は会員さんとって非常に都合の良い文句となっており、論に詰まると必ずと言って良い程乱用する傾向が見られますね。

この文句の真意はズバリ『議論を先延ばし』にせんとする単なる『逃げ口上』でしょう。

と、同時に顕正会員さんは『自宗の教義を自ら破折してしまっている』事に気付きましょうね。

大聖人様が戒壇の大御本尊様を建立あそばされた時点で三大秘法は整足され、あらゆる思想・宗教の邪正は決したわけです。
もし御法門が部分的に欠如していたのだとすれば、どうして大聖人様が出世の御本懐を成就されたなどと仰せられましょうか。

即ち、
「仏は四十余年、天台大師は三十余年、伝教大師は二十余年に、出世の本懐を遂げ給ふ。其中の大難申す計りなし。先先に申すがごとし。余は二十七年なり。」(聖人御難事)
※因みに顕正会ではこの御書名を『出世本懐成就御書』と学びますが、正しい名称は『聖人御難事』です。

三大秘法は戒壇の大御本尊の一大秘宝に究竟され、翻って論ずれば戒壇の大御本尊の一大秘宝は本門の本尊・題目・戒壇の三大秘法に開かれるわけですね。

繰り返しになりますが、大聖人様が戒壇の大御本尊様を建立あそばされた時点で、あらゆる宗教の勝劣・浅深は日を見るが如くに明らかになったのです。つまり戒壇の二義、即ち、事と義においても整足された形で、令法久住のため、大聖人様はこの大法を日興上人に遺付されました。

何事も現時においては未来の事は未定、不確定であり、先の事に関してとやかく議論する事が不毛であるのは、時の性質上の理なのだと思います。
裏を返せば、仏法に限らず、時が来ればわかるのというのは、何事に関しても当てはまる道理なのではないでしょうか?

大聖人様が未来に託されたのは、一期弘法抄に明示されている様に「国主がこの法を立てた時に本門戒壇を建立せよ」との日興上人に付属された御遺命の戒壇。また、日興遺誡置文における、「広宣流布せざる間は身命を捨てて広宣流布に向かって随力弘通」ということのみであり、その弘める『法』が未完成のはずがありませんよね?

『御法門の議論を先延ばし』にする理由が一体どこにありましょうか?

これ以上、問答から逃げ続けるのならば、私から顕正会に良い提案があります。

1、三証と五綱判の宗教批判の原理が著されたページを折伏理論書から省き、教義の正統性を全く他の視点から見出す。

2、日蓮正宗の僧俗とは問答禁止。

金儲けに差し支えない程度に顕正会の教義を改変したら宜しい。
いかがでしょうか?

浅井会長は良く講演の中で「いいですか~。よ~く、みててごらんなさい」とか「私にはまだ言えない事がある」などと仰います。
その言葉を受けてか会員さん達の中では「先生は何か私達には知り得ない甚深の御法門を御知りなのだ」とか「未来広宣流布の相妙が先生にはハッキリと見えている」などと囁かれていますね。
私も顕正会時代はその1人でした。

日淳上人が日達上人ともう一人、浅井先生に御法主上人しか知り得ない金口の内容を明かされたと本気で信じている会員さんは少なくないと思います。

浅井会長の「日達上人が急死、日顕上人は法主を自ら名乗り出た」などと強調し、血脈が顕正会に流れていると言いたい真意は見え見えです。

しかし、浅井会長が自ら相承を受けたと公言するのはかなり無理がありますよね。周りの方々の証言等といった、客観的な証拠・裏付けなどあるはずがないのですから、結局、「時が来たら言う」などと誤魔化し続けるしかないわけですね。

今はまだハッキリしないのであれば、顕正会員は折伏の際、対象者に対しても「今はまだ良くわからないけれども、時が来たらわかるので、あなたもやってみませんか?」と、本当なら言わないといけないですよね?

それともまさか、学会の二番煎じに徹し、次は戒壇の大御本尊様の否定に走りますか?

『但し法門をもって邪正をただすべし』(唱法華題目抄)

 「世出世(せしゅっせ)の邪正を決断せんこと必ず公場なり(中略)速々(はやばや)天奏を経て疾(と)く疾く対面を遂げて邪見を翻(ひるがえ)し給へ。書は言を尽くさず、言は心を尽くさず。悉々(ことごとく)公場を期す。」(強仁状御返事)
時を待つ『暇』がおありなら、その時など待たずとも、急ぎ公場にて邪正を決しようではないですか。

「時ぞ~来~た~り~ぬ~♪諌暁の~♪獅子吼は国に~♪こ~だ~ませり~♪」
問いて曰く。
顕正会が獅子吼する諌暁。その内容如何。
答う。

『時が来ればわかる』

『顕正会では時が来ても、顕正会員は時が来るまで永遠に仏法の真理がわからないのであります!』

平成5年新春座談会で

おはようございます。
浅井さん、過去の発言は無かったことにしているんですよね。
次は平成5年新春座談会での一節です。

N  :血脈は断絶したと言っているのでしょうか。
先生:そうだね。細井管長が急死されたそれで御相承を疑っているわけだ。正信会は「詐称法主」として訴訟を起こした。このとき宗門側の弁護団は学会の弁護士グループだった。だから何もかも知っているんだよ。池田自身もこの時の事情はよく知っているに違いない。そこで"相承を受けていない偽法主"と最近しきりと言い出しているんだね。

 今、血脈否定の理由にしていることそのものをこの時は否定しているんです。

 小生のブログでも公開しています。 記事URL: http://ameblo.jp/baanaiby1/entry-11797218882.html

 浅井会長の自己相違、気付いて欲しいですね。

[ 2014/04/07 05:31 ] [ 編集 ]

サワディーさん

コメントありがとうございます☆
浅井会長は過去の発言で今の発言を破折してしまっている。実に愚かです。
まじめな顕正会員さんは浅井会長の過去の指導もちゃんと確認して、早く誤りに気付いてほしいですね(*_*;
[ 2014/04/07 22:05 ] [ 編集 ]

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[ 2015/06/01 12:08 ] [ 編集 ]

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