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H26 4月度 御講 『壇越某(それがし)御返事』

『壇越某御返事』(だんのつそれがしごへんじ)

各々の御身の事は此より申しはからうべし。さでをはすることこそ法華経を十二時(じゅうにどき)に行ぜさせ給ふにては候らめ。あなかしこあなかしこ。御仕官(おんみやづかい)を法華経をおぼしめせ。「一切世間の治生産業(じしょうさんごう)は皆実相と相違背せず」とは此なり

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この御書は、弘安元年(1278)4月11日、大聖人様御年57歳の時、身延にてお書きになられたもので、宛名がないので何方に宛てられた御書かハッキリとはわからないのですが、恐らく四条殿ではないかというのが今のところ一般説だということです。
今回の講話を拝聴させて頂き、私が殊に有難かったのは「仕事をするという事に関して信心上どのように考えれば良いのか、ハッキリとした答えが頂けた」という事です。
『御仕官を法華経をおぼしめせ。』とこの一節は私も顕正会時代には何度も耳にしましたが、一体この御書がどの様な背景があって著されたものなのかということや、前後の文が不明であった為、今一つ内容がピンときませんでした。

この御書を賜ったとされる四条殿はこの時、江間家という主君への奉公を退き、出家をしたいという願望を懐いておりました。つまり、現在の仕事を辞めてお坊さんになりたいと思っていた様です。
なぜ辞めたかったかというと、仕事の立場上で様々な怨嫉を受けていたとされており、現在の環境を変えたいとの考えから大聖人様にご相談されたのではないかといわれている様です。

しかしその様な四条殿のご相談に対し、大聖人様は
「さでをはすること」
つまり、「そのままでいること」
そして、
「法華経を十二時(じゅうにどき)に行ぜさせ給ふ」
とは、「24時間法華経の修行をしていること」
繋げて拝すると、
「そのままでいることが常に法華経の修行をしている事となる」
と、仰せられ、続いて、
「御仕官(おんみやづかい)を法華経をおぼしめせ」
と、四条殿に対し、
「仕事も仏道修行である」
と仰せられます。

四条殿が出家したいと言ったのは、実際どこまで本気で志していたのかどうかという事はわかりませんが、「妻子がいて、毎日御飯が食べられる、そういった今現在の生活は「江間家」という主君あってのことである。ならば、目の前の現実から逃げたりなどせずに、世間的にもその主君に対し「恩」を報じていく事が筋ではないか。
と、大聖人様が仰せになられるのです。

そして、その後に御住職様は、
「仕事をないがしろにする事は仏法をないがしろにすることである」
と、仰いました。

私も仕事で残業が多い日などは19時を過ぎてしまう事もあり、その日がお経日だったり、唱題会の日だったりすると、時間が間に合わない為に参加出来ず、やるせない思いに駆られる事もあります。
しかし仕事をないがしろにしない姿が、そのまま仏法の実践と教えて頂いたからには、お寺の行事に参加することだけが仏道修行ではなく、「与えられた残業もしっかりとこなす」ことこそが如説修行に当たり、正しく功徳を積む事となるのとの思いで日々お勤めさせて頂こうと思いました

顕正会の様に、御書を部分的に切り取って読むのではなく、著された背景や、本山で厳しい御修行を積まれた「御僧侶」の注釈があって初めて御書の内容を良く理解できるのであり、大聖人様の仏法を実践するに当り、必要不可欠である「大聖人様の御書を御本意のまま適切に学ぶ」という当たり前の事を、当たり前にできる立場に成れた事が本当に有難いです



[ 2014/04/15 21:56 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(0)

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