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顕正会 本尊 2 

まず『大幅の日布上人御書写の御形木御本尊』と『大日蓮華山脇書の日布上人御書写の導師曼荼羅の御形木御本尊』などこの世に存在し得ない御本尊なのです。
無論私、この世の全ての御本尊を確認して回った訳ではありませんが。これは宗門の御僧侶方が口を揃えて仰る事ですね。

なぜなら日蓮正宗においてこのような御本尊を下附した事実はないからです。

時は遡りますが、江戸時代辺りの話で、当時何れかの御法主上人が大石寺から遠く離れた(離島等)末寺では御本尊下付が難しかった為、一時期、御本尊を書写・下附する権限を猊下が末寺住職に対して与えた事があったそうです。しかし結局、御本尊は末寺で一度も作られる事はなかったのです。御本尊が宗門史において御法主上人以外の者に作られた事が只の一度もないというこの事実を堀日亨上人が言及されておられるのです。

それだけ御本尊に関しては、時の御法主上人の権限のもと、清浄に保たれてきた歴史があるということです。

また前記事でも引用させて頂きましたが。

平成11年4月25日『顕正新聞』
「ここに、松本尊能師は、妙縁寺に所蔵するところの歴代上人御直筆御本尊七幅、それから日寛上人の御形木御本尊、並び日布上人の御形木御本尊を多数用意して下さったのであります。」

この、『妙縁寺に所蔵するところの』の発言は大変重要です。
これは松本氏個人所有の御本尊ではなく、寺院に代々伝わる御本尊、寺院所有の御本尊を勝手に浅井会長に手渡したということになります。
まさに公私混同した振舞であり、犯罪にさえ当たる行為ではないでしょうか。

このような手段で手に入れた御本尊を顕正会員は有難く拝めるでしょうか?

しかし顕正会員は言うでしょう、というより私が顕正会員ならこう反論します。

「顕正会が宗門と繋がっていた時に頂いた御本尊なのだから、御守護で手に入ったのだ。宗門は御遺命をなげうったのだから本来御本尊をもつ資格などないのだ!顕正会は御遺命を護り奉った功徳で不思議と当時その様な流れで御本尊を大量に頂く事が叶ったのだ!日布上人の御形木御本尊だって、浅井先生がこの世にない御本尊をあるなんて仰る訳がない、堕落した坊主と1人御遺命を死守せられた浅井先生とどちらの言葉に説得力があるか。所詮、不敬の御開扉を…ワーーーーーーーーーー…………!!!!」←(もうマシンガンの様に止まらない。特に婦人部)

ハイハイハイハイ!わかりました!わかりましたから一旦落ち着いて。
それでもまだ洗脳が解けませんか

それでは顕正会 本尊 3へお進み下さいませ。

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