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H26/5/18 入信して半年

久々の更新となりました。
私が顕正会から日蓮正宗へ移り、そろそろ半年が過ぎようとしています。
初めてだらけの日蓮正宗…。
御講を始め、様々な行事に参加が叶いました。御登山が叶いました。御本尊下付が叶いました。

その様な中で、最近になってようやく、徐々にですが、大きな勘違いに気付かさせて頂いております。

それは、御本尊様を大事に思う心です。

法華講員となって半年が経ったという事は、御本尊様と初めてお会いして半年が経ったという事。私の心田に仏に成る種が下されてより半年が経ったという事。
それまでは、下種を受けていない、三毒強盛の荒凡夫、ましてや御本尊様に矢を向けていた魔の眷属でした。

顕正会にも御本尊はあります。
敢えて「御」をつける必要もない、似て非なる極悪本尊です。
全く相妙が違うから、見てすぐ、簡単に理解できます。

しかし、理解にも浅深があるわけです。

顕正会に入ると、入信勤行の際に御本尊を見せられ、同時に戒壇の大御本尊様の存在を教えられ、これから毎日、遥かに拝み参らせ、恋慕渇仰することを教えられます。
ですから、顕正会に縁した時からずっと、御本尊様については「知っている」「いつも通じている」といった、自分勝手な思い込みをし続けていた事になるわけですね。

その様な大前提があり、生活の中に悪い事があれば「罪障消滅」、良い事があれば「功徳」、顕正会活動がうまくいかなければ「魔の働き」という勘違いが繰り返し、根強く、頭の中にインプットされていました。

ところが、騙されていた事に気付いた時、頭では「あぁ、全部うそだったんだな」と理解できても、インプットされた思考回路を変えていくにはやはりなかなか時間を要するものなんだなぁというのを、最近徐々に感じています。

要するに、顕正会の本尊と、日蓮正宗の御本尊様は本質的には全く違うにも関わらず、同じものだという感覚がなかなか拭えないものだという事です。

顕正会の信心があるという事は、どれだけ勧誘するか、または後輩を勧誘する人間に育てあげることができるかという事。
だから、勤行なんかしなくたって、きっと隊長にでも部長にでもなれます。

日蓮正宗の信心があるという事はどれだけ御本尊様を大切にできるかという事。

御本尊様を大事にする心です。御住職様が仰いました。「御本尊様を守るから守られる」のだと。

信心とは御本尊様を大事に思う心。

異流儀から宗門へ移った場合、なかなか「初めて」という感覚は持ち難いものですが、がむしゃらに形だけでも実践していく中に、だんだんと心根も伴っていくものなんだなと最近実感します。
なんだか上手くまとまりませんが、これから先もとにかく、益々に真剣な唱題を重ね、もっともっと謗法の「垢(あか)」を落とさなければいけないなと切実に思うものです。
[ 2014/05/18 16:43 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(3)

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[ 2014/05/27 22:32 ] [ 編集 ]

ポポさん。はじめまして。

こんばんは(#^^#)
顕正会を辞められたという事で、まずはそれが何よりも本当に良かったですね(^-^)
当ブログは主に顕正会の批判が中心ですが、少しでも勉強のお役に立てればと思います。
宜しくお願い致しますm(__)m



[ 2014/05/27 23:26 ] [ 編集 ]

ミミさん、お返事ありがとうございます(^^)
顕正会には約3ヶ月間しか居ませんでしたが、色々な事がありました(^^;
班長自体、私より年下で、私の今の状態等を話しても、理解して頂けなかったのが辞めるきっかけになった一番の理由です。
マインドコントロールされる前に顕正会を脱会して良かったと思います(^^)
[ 2014/05/28 00:42 ] [ 編集 ]

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