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広宣流布まであと5年

一昨年…
副総男子部長やK峯婦人部長などの大幹部達がこぞって会合の檀上の場にて断定的に言い切っていた、

「広宣流布まであと7年

一昨年とは2013年内の発言ということなので、つまりは2020年内に広宣流布が達成されると断言していたのです。

年が明け平成27年を迎えた今、あの時の大幹部達の発言を考えると、広宣流布までの残り年数は「あと5年」ということになります。

私が顕正会を辞める際、総補に上述の件について難詰したことがありました。総補は、

「絶対成るからさぁ!みててよ!ホント絶対だからさぁ!」

と、自身満々に私達法華講員の前で明言していました。

ところが浅井会長は男子部大会の席上で、
『5年後の2019年までに200万人達成 』
ということを新たに打ち出しました。

そうすると計算上、仮に今後順調に勧誘が進み、2018年の暮れに200万を達成したとして、そこから「2年以内」に広宣流布が達成されるということになります

もし今後再び総補会うことがあったならば、そのことを加味した上で再度難詰してみたいと思います。

しかし、恐らく総補は、
「そういう事だ。」
と言うに違いありません

現在、顕正会で盛んに言われていることは恐らく
「2019年までに国家破産」
だと思われます。

ところがこの国家破産はいつ起こるかということについて、浅井会長は過去にも明言したことがあります。
そのことについてはセロリさんが詳しく書かれているのでこちらの記事をご参考に。

普段生活を送る上で、近い将来必ず国家破産するということが念頭あったならば、貯金などする気も起きないでしょうし、仕事にも身が入らないのではないかと思います。

浅井会長の「あと何年で○○」といった類の指導を鵜呑みすると必ず将来後悔します!絶対にあてにしてはいけません!

またこういった浅井会長の口から出まかせの「予言」に、いい加減おかしいなと思われた現役顕正会員さんは、一旦組織から一歩身を引いて、付かず離れずの状態で、冷静に顕正会を客観視してみるのも良いかもしれません。

そして是非日蓮正宗の末寺を訪れて御僧侶のお話に耳を傾けて頂きたいと思います。

もし「御僧侶と会っただけで罰がある」なんていうつまらない観念に囚われて行動を起せないのであれば、あなたはまだ「マインドコントロール」されている状態にあることを深く認識するべきだと思います。

「冨士」昭和41年1月号(P3~7)“登用試験の問題”

まもなく顕正会では毎年恒例の教学試験が実施されますね。
近年の登用試験の問題は全て穴埋めの至って簡単な問題ばかりですが、妙信講時代は全て記述の問題だったようです。
以下に昭和四十年に行われた登用試験の内容を掲載してみます。

【問題一】
「日蓮といゐし者は、去年九月十二日子丑の時に頚はねられぬ。此は魂魄佐土の国にいたりて、返る年の二月雪中にしるして、有縁の弟子へをくれば、をそろしくてをそろしからず。みん人、いかにをぢぬらむ。」の御文の意義を説明しなさい。

【問題二】
大聖人の御一代の施化に於て「熱原の法難」のもつ意義を記しなさい。

【問題三】
大聖人の御法は残る所なく日興上人・日目上人に次第付属されている事を文証を挙げて説明しなさい

【問題四】
五老僧の退転は何処にその原因があると思われますか。

【問題五】
「末法の観心」を説明しなさい

【問題六】
勤行の時、方便品と寿量品を読誦する理由を説明しなさい。

【問題七】
邪宗で唱える題目と当宗の「本門の題目」との違いを説明しなさい。

【問題八】
「宗教は自分の好きなものを選べば良い」という偏見を破折しなさい

【問題九】
宗教批判に於て三証具足とはどんなことですか。

【問題十】
正法・像法。末法の三時に於て弘通される仏法の順序次第を記しなさい。

答案は個々の研鑽にお任せしたいと思います。

顕正会の本尊について再考察

※当記事及び、当ブログで書かれている顕正会の本尊に関する情報については、あくまで参考資料程度にご利用ください。

【顕正会の本尊に関する最新記事はこちらから。】

では以下。

――――――――――――――――――

私は先日、現在顕正会内で出回っている「日寛上人の御形木御本尊」についての考えを書きました。

要約すると、

『日達上人の御形木様が下附されるようになった時点で日寛上人の御形木様は本山に返納されているはずであるという私個人の憶測から、数百幅の御形木様が妙縁寺に秘蔵されていたということ自体が「ウソ」だったのであるということ。また秘蔵されていなかったことを前提条件として、当時の松本日仁さんが「新たに」総本山に対して御形木様の御下附を申請すること自体が、当時の松本日仁さんの置かれた立場を鑑みれば不可能であった。』

といった主旨のものでした。随分と断定的な書き方を致しましたが、その際に参照させて頂いた“慧妙”の記事自体がかなり年数の経っていたものであったことと、慧妙平成26年12月1日号の記事にて編集室様の最新の見解を拝見し、深く思うところがございましたので、今回訂正を入れておきたいと思います。

顕正会の日寛上人の御形木御本尊の真偽を検証しようとした場合、ことが御本尊様についてである以上、殊に慎重を期すべき事柄であることをまず念頭に置かなければいけません。
しかしながらこの問題については決定的な証拠に成り得る資料が存在していないというのが切実な現状なので、ある程度有力な手立てとして、ネット上に残る過去の書き込み等を拾い集め、そういったものを本に推論を立てていく方法というのも蔑ろにはできません。

ということでまずはそういった作業の中、私が殊更興味を引いた記事がこちら、→元顕正会・現法華講員であるコットンあめさんのブログ記事

DMできないため、直接ご本人にお伺いすることができないのが残念ですが…。勝手ながら(コットンあめさんすみませんm(__)m)引用させて頂きますと、

『元顕正会員で幹部を務めた方が顕正会を脱会し、法華講へ移られ顕正会からお預かりしていた日寛上人の御形木御本尊を宗門へ持ち込み鑑定して頂いた結果、本物とは相違する部分が多々存在することが判明しました。
(この方が御本尊様をお預かりしたのは平成11年です。)
更に、今回私たちがお預かりしていた日寛上人の御形木御本尊もそれと同様であり、私達の目から見ても明らかに本物とは相違しておりました。
(私たちが御本尊様をお預かりしたのは平成11年です。)
平成11年以降、自宅拠点で御預かりさせて頂いている日寛上人御形木御本尊様は全て偽物である可能性があります。』


とのこと。
平成12年辺りで隊長・区長以上の幹部宅に日寛上人の御形木御本尊が一斉に下附されたようですが、これ以降下附された日寛上人の御形木御本尊は全て偽物だという見方が割と濃厚です。
裏を返せばそれ以前は本物という可能性も十分ありうるということになりますが、とにかくこれは平成11年に浅井会長が突如表明した『日顕上人の御相承否定』に付随する『日達上人・日顕上人御書写の御本尊否定』に連動して大量の御本尊の取替えが必要になった、そのことによって急速に御本尊の数が足りなくなってきたのではないか、とのことです。

それから、『妙信講破門時における本物の日寛上人の御形木御本尊様の数』について。
これは前回の記事に書いたように浅井会長の公式発言が「数百幅」「多数」「大量」等、ニュアンスが年々変化しています。ただ上に述べたように今回訂正しておく点として、具体的な数は明確ではないにしろ「ある程度はあった」という前提であくまで慎重に考察を進めるべきだったということです。

ちなみに、「二百数十幅と発表があった、若しくはその程度だろう」等、当時の事情に通じているであろう方の推論がネット上の残っておりましたが、いまいち根拠に欠くのでどうしても不分明さは否めません。

ただし本来、顕正会側の教義の視点・観点から考えれば、御本尊を書写する資格のある方が宗門にいなくなったというわけですし、まして『広宣流布を進める唯一無二の団体』と標榜しているわけですから『御本尊作製の権限は我々にある!偽物と言われる筋合いなどないのである!』と本当なら堂々と公言すれば良いわけです。

ハッキリしない以上、現在の顕正会側の教義・信条の視点から考えるならば、

日布上人の大幅の御形木御本尊なる代物は120%偽物
ということだけは間違いなく言えてしまいます。

今後、ニセ本尊チラシの大量配布という法華講員さんの献身的活動が盛んになってきている状勢を鑑みれば、顕正会側も早急に何かしらの手を打たなければ、間違いなく今後会内では疑念が増長し、各組織内でもその事に端を発する紛糾が続発、やがては空中分解に至ることは必至です!

「手を打つ」ということについて大いに考えられるのは、浅井会長は昔から学会の二番煎じが専売特許であるということ。つまりは今回の「戒壇の大御本尊様否定」との会則変更に乗じて、従来の信条に則った本尊義からの離脱、教義路線の変更です。まともに問答などするわけがないのですから。

遂に浅井会長がタガを外し、開き直る。

そのことによって、顕正会員の脱会に歯止めがきかなくなる。

脱会者の中でも真の信仰心ある者は日蓮正宗へ続々と帰伏。

その日はそう遠くないのではないかと思います。

H27/1/1 元旦勤行に参加してきました

新年、あけましておめでとうございます
本年も昨年までと同様、一人でも多くの顕正会員さんの宗門帰伏の助力になれるよう、また日蓮正宗の素晴らしさを広く世に伝えるべく、力を尽くして参りたいと思います。

さて先程、菩提寺にて1日、0時開始の元旦勤行に参加させて頂きました。
皆で五座の勤行を行った後、御住職様より本年の実践テーマの説明を兼ね、新年のご挨拶を賜りました。

平成27年度年間実践テーマは、

『達成・出陣の年』<実践三項目>

一、唱題・折伏で御命題達成と出陣
二、家族そろって御講参詣
三、支部総登山で人材育成

でした。

そしてこの度、支部として昨年より申請を申上げていた、日如猊下様御染筆の常住御本尊様様と導師御本尊様が御下附され、今回、御宝前に奉掲されました。
更に法要終了後には勿体なくも御相貌を間近で拝見する機会を頂戴致しました。

千載一遇の機と心得、恐れ多くもよくよく目を凝らし、拝させて頂きました。

また本日参詣の折、お寺から色々な物を頂きました。

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殊にこの月毎に御金言が書かれたカレンダーは非常に有難いものでした。

早速一月の面をめくってみますと…

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正月気分にうつつを抜かして、謗法呵責の精神を忘れることの無き様との御意でしょう。

お寺で顕正会員の名前と電話番号入りの諌暁書用封筒を頂いたので、早速電話を入れて折伏に打って出ようと思います。

その前に総本山大石寺の御戒壇様に新年のご挨拶に参らねばなりません。

ということで明日大石寺に向かい、明後日は添書による御開扉を受ける予定です

昨日、同じ支部の信徒さんが丹精込めて作られた手作りおせち料理を頂きました。
これで腹ごしらえもバッチリ

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うまい平成27年、最高の滑り出しです
[ 2015/01/01 14:02 ] |トップページへ戻る日記 | TB(0) | コメント(4)

顕正会から日蓮正宗に移って1年

顕正会から日蓮正宗に移って早1年が経過しました。一体どのような変化があったか振り返ってみたいと思います。

【職場への遅刻がなくなった】

顕正会時代。私は恥ずかしながら遅刻の常習犯でした。特に前職では朝が早い仕事ということもあり、朝数分の遅れはしょっちゅうでした当然の如く信用を失い、職場では常に疎外感を感じておりました。現在の仕事においても、週に一度は朝礼に遅れたり、ギリギリの駆け込み出社がほとんど。やはりそのことが原因で信用を失っておりました。
起きようと思っても起きられないのです。意志薄弱なのです。中学くらいからの悪い癖であり、社会人として終わってます。
本当に本当にお恥ずかしいことです。
そのことは顕正会の本尊にいくら祈っても決して成就することはありませんでした。

ところが現在、職場に遅刻することはありません。
相変わらず朝は弱い体質であること自体に劇的な変化はありませんが、朝礼に間に合わないということはまずなくなりました。必ずしも毎日ではないにしろ、朝起きてコーヒーを飲み、勤行をあげ、時には通勤途中コンビニへ寄ったりするゆとりが持てるようになりました。
転換期はというと大体今年の3月頃でしょうか。

・御本尊様が家に安置されるようになって、毎朝「御給仕」をするようになったこと。
・また毎日「唱題行」の実践を継続的に行ったこと。

顧みると、この2つを意欲的に取り組むようになったことが思い返されます。
朝、御本尊様に水をお供えすることが習慣的に身についてくると、ベットの中でそのことが頭をよぎるようになり、まるで「御本尊様に起される」かのように目覚めることが度々あります。
唱題行に関しては現在は毎日は行っておりませんが、樋田さんの動画を拝聴し、「変わるにはこれしかない!」と感銘を受け思い立ったが吉日、御住職様に御作法を確認の上、職場から帰宅後「夕飯前」に夕勤行と約1時間の唱題をひたすら行いました。
私はブルーカラー労働者の割には体力のない方なので、毎日帰宅後にこれをこなすのは、相当なパワーが必要でしたが、その頃から徐々に「今までとは違う目覚め方」を体感するようになりました。
今でも、前夜の就寝時間に関係なく、気が緩むとついつい数分寝過ごしてしまうことがあります。やはりそういう時は、信仰の行体の緩みがちであり、こういったてき面な現証は信仰の上で、行体の見直し、軌道修正の絶好の機会です。

とはいえ職場に朝遅れなくなったことは事実で、このことは正宗に移籍してより、生活上に目に見えて表れてきた果報の一端だと思います。









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